中川先生のやさしいビジネス研究、特別講義シリーズ「人的資本経営」では、産学官それぞれから日本の第一人者の方々をお招きし、人的資本経営に関する現状や重要なキーワードについてお話を伺っていく予定です。
今回が記念すべき第1回目で、スペシャルなゲストをお迎えしています。
「組織を変えないと日本は良くならない」というモットーを持ち、精力的に活動する組織学者、同志社大学の太田肇先生がお越しになりました。
太田先生、今日はどうぞよろしくお願いします。
さて、太田先生、今日のテーマはどのような内容になりますでしょうか?
よろしくお願いします。
少し刺激的なタイトルですが、「何もしない方が得な日本」という本を昨年出版しました。
「日本の社会そのものが、何もしない方が得という奇妙な方向に進んでいるのではないか」という問題提起をした本です。2022年11月に発売された「何もしない方が得な日本」は、PHP新書からも発売されています。今日はそのエッセンスについてお話しします。
スライドに沿って、お話を進めさせていただきます。
参考)(Amazonへのリンクです)何もしないほうが得な日本 社会に広がる「消極的利己主義」の構造 (PHP新書)
この記事は、「何もしない方が日本では得!?」同志社大・太田肇先生に話を聴いてみた!【人的資本経営1】を元にした人的資本経営と日本の組織変革に関する記事です。
現状の問題点(日本の企業や経済が低迷している原因)
日本の企業や経済は、過去30年間低迷が続いています。OECD加盟国の一人当たりのGDP順位によると、1994年には10位だった日本が、90年代後半に急落し、2020年には23位、2021年にはさらに24位に低下しています。また、国際競争力も93年には1位だったものが、2022年には34位に落ち込んでいます。原因として、バブル崩壊や為替相場の問題などが考えられますが、それだけでは説明しきれず、人や組織の問題が背後にあると私は考えています。
生産性が上がらない要因の1つは「人」である
最近、「働かないおじさん」という少し刺激的な表現が広まっています。また、若者が自発的に行動しない「指示待ち族」という言葉も以前から使われており、現在も言われ続けています。日本の生産性が向上しない理由の一つとして、イノベーションが起こりにくいと言われています。これはアメリカとは対照的です。モチベーションやワークエンゲージメントが関係しているとされています。ワークエンゲージメントは献身、没頭、熱意の3つの要素で構成され、仕事に対する積極的な関与を意味します。日本ではワークエンゲージメントが低いとされており、モチベーションを超えた、熱心に仕事に取り組む姿勢が求められています。ワークエンゲージメントは働きがいとも関連している概念です。しかし、残念ながら、調査によると日本のワークエンゲージメントは世界最低水準です。
では、その原因は何でしょうか?太田先生は5つの要因を挙げています。最も大きな要因は、自由度が低く、裁量の余地が少ないことです。また、努力や貢献に対する報酬が低いということも挙げられています。ワークエンゲージメントが低いとされている現状について、私はNTTコムウェアに委託して働く人や企業の人事担当者を対象にウェブで調査を行いました。
それによると、極端な傾向が現れていました。例えば、人事担当者に「社員にチャレンジしてほしいか」と質問すると、85%の人が「社員にはチャレンジしてほしい」と答えました。つまり、人事担当者は社員に期待していますし、企業の経営者も同様にチャレンジしてほしいと思っています。しかし、実際に働く人たちの意識は全く逆でした。失敗のリスクを冒してまでチャレンジすることが得かどうかという質問に対して、66%の人がリスクを冒してまでチャレンジしない方が得だと考えていました。では、なぜ彼らはチャレンジしないのでしょうか?
チャレンジの損得勘定
その理由として考えられるのが、チャレンジすることに対する損得感情です。つまり、挑戦しても得にならないと思うばかりか、むしろ損になると感じる人が多いのです。これは個人の意識だけでなく、背後にはそれを支えるような構造や仕組みがあると考えられます。例えば、年功制です。日本ではまだ大枠で年功制が残っており、頑張って働いたからといって高い報酬が得られるよりも、年齢の高い人の方が給料が高いのが普通です。また、日本の企業は平等主義で、社員間であまり差をつけず、同じ年齢であれば業績に関係なく差がつかないことが多いです。昇進も同じように進んでいます。だから、挑戦しても得にならないと感じるのが普通です。
そして、客観的なもの以外にも、人間関係の問題や特にピアプレッシャーと呼ばれる仲間内の無言の圧力が大きな影響を持っています。働く人に対して「同僚としてチャレンジする人と調和を大事にする人、どちらを好みますか?」と聞いたところ、7割近くの人が調和を大事にする人を好むと答えました。極端に言うと、同僚に挑戦してもらうと迷惑だと感じる人が多いのです。
私(太田先生)は、これが心の問題であり、組織の仕組みや目に見えない文化のようなものの問題だと考えています。つまり、仲間がチャレンジしたり高い業績を上げたりすると、それに比較されることが迷惑だと感じるのが本音なのです。
背景にある「共同体型組織」
なぜそのようなことになるのか、その構造に注目してみました。私は、その背後にあるものとして日本の組織の特徴を、共同体として捉えています。共同体とは、家族や村のような利害ではなく、感情などで結びついている集団のことを指します。企業は本来そうではないはずですが、日本の場合には、企業の組織がその共同体としての側面も持っています。
では、なぜ共同体型組織になったのかというと、私は3つの要因があると考えています。一つ目は閉鎖的であること。採用するときは新卒で一括入社し、その後転職があまりなく、中途採用も少ないため、同じ人たちと長く働くことになります。その結果、メンバーは同質的になります。日本では、同じような学歴や経歴の人、価値観の同じような人を採用し、長年の間一緒に仕事をすることで、ますます同質的な集団になっていく傾向があります。
さらに、仕事をする上でも、日本では集団主義が強く、部署やチーム単位で仕事をするケースが多いです。そのため、組織が共同体的になっていくのです。問題は、共同体型になると、何もしないほうが得のような構造になることです。共同体の特徴として、リソースが限られているため、誰かが得をすると誰かが損をするという構造になります。例えば、給料では、企業の予算が決まっているため、高い報酬を得た人がいると、他の人が損をすることになります。また、誰かが注目されると、誰かが影にならざるを得ない形になります。そうすると、お互いに牽制し合い、挑戦したり目立ったことをすると、周りから足を引っ張られることが起きます。
それでも頑張ったほうが得だと思う人がいるかもしれませんが、頑張っても得られるものが少ないことや、共同体の中でリソースが限られていることから、特別に高い報酬を得られるわけではないのです。さらに、共同体の中で長く働くと、外の選択肢がなくなります。つまり、アメリカのように外にスピンアウトして出て、自分で会社を起こすとかフリーランスとして活躍するといった選択肢がないのです。そうなると、ますますチャレンジしようという意識は起きにくくなります。
ちなみに、このような構造は企業に限らず、日本のあらゆる組織に見られます。例えば、学校や最近問題になっているPTAや町内会なども含まれます。ある意味、日本の社会全体がそのような性質を持っていると言っても過言ではありません。
このような「何もしないほうが得」という組織をそのまま放置しておくと、日本はますます衰退していってしまいます。それを防ぐためには、組織の仕組みや文化を変えていく必要があります。チャレンジを促進し、報酬や評価の仕組みを見直すことが求められます。また、多様な人材を受け入れ、柔軟な働き方やキャリアパスを提供することで、組織が活性化し、日本の将来に希望を持たせることができるでしょう。
「する方が得」な仕組みへの改革
したがって、何かをする方が得になる、挑戦する方が得になる仕組みに変えなければなりません。そのためのキーワードとして、私は「オープン化」と「多様化」の2つが挙げられると考えています。
先ほどお話ししたように、共同体型組織は閉鎖的です。閉鎖的であるため、ゼロサムになってしまうわけですね。そこで、オープン化を進めることで、開かれた社会では、仲間が活躍しても自分が損をするわけではなくなります。むしろ、周りの人が注目されると、自分もやる気になるでしょう。
もう一つの要素は多様化です。多様なメンバーが組織に入ることで、仲間同士の同調圧力が自然と小さくなります。同じようなメンバーだからこそ、皆が一緒に行動しなければならないという状況が生まれるのです。その意味でも、多様化やダイバーシティが重要だと考えています。
おわりに
「オープン化と多様化が、これからの日本企業が取り組むべき方向性である」日本の企業や組織の現状について、多くの人が共感できると思います。
この議論を大田先生と引き続き進めていくことが期待されます。
大田先生、今日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
やさしいビジネススクールが主催する特別セミナーシリーズ「人的資本経営の最前線」があります。
完全無料で、太田先生による特別講演がございます。
2023年5月11日20時から開始となりますので、皆さんぜひお越しください。太田先生と一緒に、何もしない方が得な日本から、どのように次の一歩を踏み出していくのか、良い議論ができることを期待しています。皆さん、ぜひお集まりください。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/経済学博士/関東学院大学 特任教授/法政大学イノベーション・マネジメント研究センター 客員研究員
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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同志社大学 政策学部 教授。(同 大学院総合政策科学研究科教授)、経済学博士。
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京都大学経済学博士、神戸大学経営学修士。
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