「ゴールデンウィーク明けに退職代行業者が大繁盛」というニュースがありました。退職を考えている人にとって、退職代行は魅力的なサービスに映るかもしれません。しかし、本当に退職代行を利用して良いのでしょうか?
今回は、経営学の観点、特に「キャリア理論」に基づいて、退職代行の利用について考えていきます。
キャリア理論
キャリアの前進とは?
まず、キャリアにおける「前進」について定義しておきましょう。キャリア理論において、キャリアの前進とは、大きく分けて以下の3つの資本を習得していくことを意味します。
- 人的資本: スキルや知識の習得
- 社会資本: 良い人脈の形成
- 心理資本メンタルの強さ: メンタルコントロールやモチベーション管理のスキル
これらの資本をバランス良く育てることが、キャリアを成功に導く鍵となります。
さっさと辞めたほうがいい条件
では、キャリア理論の観点から「今すぐにでも辞めたほうが良い」と言えるのはどんな状態でしょうか?それは、上記のキャリア資本に深刻なダメージを受けている状態です。
- 人的資本: 全くスキルが身につかず、成長の実感がない。
- 関係資本: 仕事上の付き合いがマイナスにしかならず、良好な人間関係が築けない。
- 心理資本: 会社にいることでメンタルが崩壊寸前、心身に不調が出ている。
このような状況に当てはまる場合は、3年以内であっても、退職を検討すべきと言えるでしょう。なぜなら、これらは、あなたの人生にとって大きな損失になる可能性があるからです。
この記事は、「GW明けから大盛況!退職代行ってアリなの?キャリア理論から解説!」って何だ?を元にした記事です。
退職代行会社を使うことのリスク
退職代行サービスの利用を検討する際に、まず認識すべきことは、それが万能ではないということです。退職代行会社を利用することにも、以下のようなリスクが存在します。
- 代行会社によるトラブル:
退職代行会社の中には、悪質な業者も存在します。依頼したものの、連絡が途絶えてしまったり、高額な追加料金を請求されたりするケースも報告されています。信頼できる業者を選ぶことが重要です。 - 訴訟のリスク:
退職の意思表示が適切に行われなかった場合、会社とトラブルになり、訴訟に発展する可能性もゼロではありません。退職代行会社は、あくまで退職の意思表示を代行するだけであり、法的責任を負うわけではありません。 - 円満な退職が難しい:
退職代行会社を利用した場合、会社側との直接的な交渉は行われません。そのため、円満な退職が難しくなり、後々、関係者に迷惑をかける可能性もあります。
自己決定理論と退職代行
自己決定理論(行動自律性・自己効力感・社会関係構築力)に沿って考える
組織行動論の中でも、人が自らの意思で行動を起こす「自己決定」に着目した「自己決定理論」というものがあります。この理論では、自己決定を実現するために必要な要素として、以下の3つを挙げています。
- 行動自律性: 自分の価値観や信念に基づいて、自ら行動を選択できる力。
- 自己効力感: 自分の力で目標を達成できるという感覚。
- 社会関係構築力: 周囲の人々と良好な関係を築き、協力を得ながら目標達成に向けて進んでいく力。
自己決定は小さいことの積み重ねが大切
自己決定理論で重要になるのは、日々の小さな選択を積み重ねていくことです。
例えば、毎日の仕事の中で、
- どのタスクを優先するか
- どのように進めるか
- 誰に相談するか
といった小さな選択を、自分の意志で決めていくことが、行動自律性を高めることに繋がります。
また、小さな成功体験を積み重ねることで、自己効力感を高めることもできます。
そして、仕事上のコミュニケーションを通して、周囲の人々と良好な関係を築くことで、社会関係構築力を磨くことができます。
退職代行利用の是非
退職代行を利用するということは、会社との関係を自ら断ち切るのではなく、第三者に代行させることを意味します。これは、短期的に見れば楽な方法に思えるかもしれません。しかし、長期的な視点で見ると、自身にとって大きな損失となる可能性があります。
なぜなら、退職代行の利用は、自分の人生における重要な意思決定を放棄していることになるからです。
人は、組織の中で働きながら、様々な経験を通して成長していきます。そして、その過程で自己決定を繰り返すことで、自分自身のキャリアを切り開いていく力、すなわち「自己効力感」を育んでいくのです。
退職という、人生の大きな転換期において、自ら行動を起こさず、他人に委ねてしまうことは、この自己効力感を大きく損ない、その後のキャリア形成にも悪影響を及ぼしかねません。 また、自分自身の退職という問題に対して、周囲の人と協力し解決するプロセスを避けてしまうことは、社会関係構築力の向上を阻害する可能性も孕んでいます。そして、退職という大きな決断を他人に委ねることは、日々の小さな自己決定の積み重ねによって培われるはずだった行動自律性を損なうことに繋がります。
「無理はしない」でも、自分自身の成長と再起のために自分で退職の手続きをしよう
退職の意思決定とその手続きは、心身ともに大きな負担を伴うものです。特に、職場環境が悪化している場合は、退職を切り出すこと自体が大きなストレスとなるでしょう。
しかし、ここで無理に頑張りすぎて、心身を壊してしまうことは避けなければなりません。自分自身の状況を冷静に判断し、「もう限界だ」と感じたら、無理をせずに退職代行サービスを利用することも一つの選択肢です。
ただし、可能な限り、**自分自身の成長と再起のためには、退職の手続きは自分で行うことを意識しましょう。退職の意思を上司に伝え、必要な手続きを進めていく過程こそ、自己決定理論における「行動自律性」「自己効力感」「社会関係構築力」**を高める貴重な機会となり得るのです。
行動自律性は、自分の価値観に基づき、周囲に流されず主体的に行動を選択する力です。退職という決断は、まさにあなたの人生における重要な選択です。退職理由を整理し、自分の言葉で上司に伝えることで、この行動自律性を育むことができます。
自己効力感は、「自分は何かできる」という感覚であり、困難な状況を乗り越えるための原動力となります。退職に伴う様々な手続きを、自ら調べ、行動し、一つずつクリアしていく経験は、あなたに確かな自己効力感をもたらすでしょう。
社会関係構築力は、周囲の人々と良好な関係を築き、協力を得ながら目標を達成する力を指します。退職する際にも、円満に業務を引き継ぎ、関係者への感謝を伝えることは、社会人としての大切なマナーです。このプロセスを通して、あなたは社会関係構築力を実践的に学ぶことができます。
これらの能力は、退職後、新たなキャリアを築いていく上で必ず役に立つ財産となるはずです。退職という経験を、自己成長の糧として活かしていきましょう。
では、どんな時に退職代行を使えば良いのか?
基本的には、退職代行は使わずに、自力で退職することをお勧めします。しかし、以下のような状況の場合は、退職代行の利用も検討する価値があります。
- メンタルを病んでしまい、自力で退職活動を行う気力も体力もない場合
- 会社側が全く話し合いに応じてくれず、退職交渉が全く進まない場合
このような状況下では、無理に自力で解決しようとせず、退職代行というサービスを利用することも一つの手段です。
重要なのは「自分の人生を生きること」
退職代行を利用するかどうかの判断基準は、「自分の人生を自分でコントロールできているか?」という点にあります。
もし、今の会社で働くことが、あなた自身の成長を阻害し、精神的に追い詰められているのであれば、退職という選択は決して間違いではありません。
しかし、退職という重要な決断を下す際に、安易に退職代行に頼ってしまうのではなく、自分自身の力で問題解決を図ることの重要性を今一度認識しておきましょう。
退職は、自分の人生をより良い方向へ進めるための、前向きな一歩になり得ます。焦らず、そして自分の心に正直に向き合いながら、後悔のない選択をしてください。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/経済学博士/関東学院大学 特任教授/法政大学イノベーション・マネジメント研究センター 客員研究員
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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