本日は、藤本先生にキャリア自律についてお話を伺います。まず、キャリア自律という言葉が現代において重要なキーワードとなっていますが、この言葉の意味について、詳しく教えていただけますか。
「キャリア自律」とは
キャリア自律についてこの言葉は、近年非常に注目されていると思います。
実はこの言葉自体は新しいものではなく、1990年代の後半から2000年代の初頭に登場し、時間を経て徐々に洗練されてきました。
一般的な意味としては、「変化する環境の中で、個人が自らのキャリアを築いていく」ということです。「より高いレベルの仕事を望み、それをキャリアとして積み上げていくには、学習や自己啓発が必要」というのがキャリア自律の核心です。
この概念がなぜ注目されるようになったかというと、日本の企業においては従業員が組織から学習機会を提供され、キャリア構築の機会や能力開発の機会が与えられてきました。
それが社会や経営の変化と共に、個人が自主的に取り組むことの重要性を示すキャリア自律という概念へと進化してきたのです。
- 「めまぐるしく変化する環境のなかで、自らのキャリア構築と継続的学習に取り組む、(個人の)生涯に渡るコミットメント」
- 企業の観点からは「従来組織の視点で提供されていた、人事の仕組み、教育の仕組みを、個人の視点から見たキャリアデザイン・キャリア構築の仕組みに転換するもの」
- 1990年代後半から2000年代初頭にかけて打ち出された後、企業側でもキャリア形成の望ましいあり方として重視されるようになる。
この記事は、【人的資本経営】”キャリア自律”って本当にいいことなの?藤本真先生(労働政策研究・研修機構 主任研究員)を元にした人的資本経営とキャリア自律に関する記事です。
働く人々は「キャリア自律」をどう見ているか?
企業側にとって、従業員を適切に管理することはメリットがあると考えられます。また、従業員にとっても、企業がキャリアや人生を保障する場合、それは双方にとって快適な状況かもしれません。
しかし、企業が自律的なキャリア形成を促進する理由は何でしょうか?
企業側は、従来のような従業員の管理が難しくなってきていると思います。かつては、仕事を与え、期待される成果を達成させることでキャリアパスを提供していました。
例えば、「この業務を達成すれば次のポジションに進める」「数年間主任を務めれば課長に昇進できる」などの具体的なキャリアパスです。しかし、理想的な仕事を多くの従業員に提供することが、企業にとって難しくなっています。
一方で、従業員自身も、以前のように役職や管理職への昇進が理想とは限らなくなっています。2000年代初頭と2010年代半ばの調査を比較すると、管理職や経営層へのキャリアを望む人の割合が減少していることがわかります。専門職志向や、特定の職種にこだわらずに一生懸命働く人が増えています。
このため、企業側は従業員の長期的なキャリア形成を考えることが難しくなっており、従業員自身も従来の企業が提供するキャリアパスを理想としなくなっています。
この状況に対応して、従業員の自主性や主体性を重視することが、企業側からの一つの解決策として提案されているのだと思います。
(1)「キャリア自律」の解釈
出所:リクルート・マネジメント・ソリューションズ(2021)「若手・中堅社員の自律的・主体的なキャリア形成に関する意識調査」。25~44歳の正社員613人が回答。
- 「自律的・主体的なキャリア形成」が意味することとして多かったのは、「『自分のキャリアの責任は自分にある』と考えること」(64.6%)、「自分の価値観に基づいて、自分でキャリアを選択すること」(61.3%)など。
- 約3分の2の回答者が、「自律的・主体的なキャリア形成」に対する会社側の期待を感じている。
(2)「キャリア自律」に対する考え
出所:リクルート・マネジメント・ソリューションズ(2021)「若手・中堅社員の自律的・主体的なキャリア形成に関する意識調査」。
- 「自分自身は『自律的・主体的なキャリア形成』をしたい」(81.7%、とてもそう思う~ややそう思うの合計、以下同)という回答が多い半面、約3分の2は「2『自律的・主体的なキャリア形成』を求められることに、ストレスや息苦しさを感じる」(64.8%)
- 周囲については、「これからは、多くの人に『自律的・主体的なキャリア形成』が求められる」(84.3%)一方で、「多くの人にとって『自律的・主体的なキャリア形成』は難しい」(76.3%)と思っている割合も高い
個人が多様な働き方や価値観を持つようになったという事業側の理由もある一方で、企業側が従業員の望むキャリアを全て提供できなくなったことから、ある意味で個人に責任を移譲している、という側面もあるのでしょうか。
企業にとって、全ての責任を負うことが難しい状況にあると思います。国際競争や日々変化する競争環境、技術環境の変化などにより、企業にとって何が最適なのか判断するのが困難になっています。たとえば、デジタル技術の進化により、今有効なスキルや知識が数年後には時代遅れになる可能性もあります。このため、企業側は、個人のサバイバル能力や生き残りを目指すような方向へ期待を寄せるようになっています。これを責任放棄とは言いませんが、かつてのように企業が全ての責任を負い続けることは、現実的ではなくなっていると考えられます。
それでも、能力開発に関する企業の調査では、未だに約6割から7割の企業が従業員の能力開発に対して責任を持っていると回答しています。
この数字は大きく変動していないことから、キャリア自律が強調される一方で、能力開発やキャリア形成に対する企業のコミットメントは依然として存在していると考えられます。
藤本先生は、キャリア自律を目指すべき方向と考えているが、完全に個人に全ての責任を負わせ、企業がその責任を放棄するのは適切ではない、という考え方ですか?
これまで自律的で主体的なキャリア形成とは反対の方向を理想としてきた場合、突然全てを自律に委ねるのは現実的ではありません。
徐々に段階を踏んで変化させていく必要があります。
自律的なキャリア形成を目指す場合、企業と従業員間のキャリアや能力開発に関するコミュニケーションが以前よりも重要になります。
以前は企業が定めたキャリアパスや能力開発を従業員が受け入れる形でしたが、自律的なキャリア形成に移行すると、企業と従業員の間でより積極的なコミュニケーションが求められます。
従業員が自律的にキャリアを形成する場合、企業は放任するのではなく、現実に対応するために異なるアプローチが必要になると考えます。
ありがとうございます。自主的で自律的な働き手のために、企業もこれまで以上に努力する必要があるという点は非常に学びのあることです。このキャリア自律の事実は非常に重要だと考えます。
本日は藤本先生、ありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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