今回は、山口周さんの著書『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか』をご紹介します。
本書は、アート思考や美学の重要性を日本に広め、時代を切り開いたとも言える本書を、その貢献と課題を含めて詳細に解説していきましょう。
『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか』の貢献
本書は、日本のビジネス界において、アートや美意識の重要性を広く認知させた立役者と言えるでしょう。著者の山口周氏は、実業界に大きな影響力を持つ思想家であり、本書はその出世作となりました。
私自身も学者として、アート思考や美意識がビジネスに効果をもたらすことは認めるところです。山口氏は、世界的なトレンドである「美意識」を日本に紹介し、その重要性を説きました。これは非常に意義深いことと言えるでしょう。
また、山口氏が過去にもヒット作を連発していたことをご存じない方もいるかもしれません。しかし、本書のヒットにより、「山口周といえば美意識」というイメージが定着したほど、その影響力は絶大でした。
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なぜ美意識が大切なのか?
本書では、なぜ美意識が大切なのかについて、多くのページが割かれています。その中でも特に重要なポイントを3つに絞って解説します。
正解のコモディティ化
現代社会では、優秀な人材が世界中に溢れ、彼らが導き出す答えは似通ってしまう傾向があります。これは「正解のコモディティ化」と呼ばれ、単なる優秀さ以上の価値が求められるようになりました。その一つの答えが「アート」であると山口氏は主張します。
例えば、東大合格レベルの優秀な人材は世界中に2000万人ほど存在し、彼らはトップ企業で戦略を練っています。しかし、優秀さだけでは差別化が難しく、似たような戦略が生まれがちです。そこで、独自の視点や発想を生み出すために、アート思考が重要となるのです。
東京大学(人口の0.3%)に合格しうる人材は、世界中に2000万人以上いる。それらの人々が著名企業でこぞって戦っているとすれば、「論理的で優秀」な答えなど陳腐である。
その先が、求められている。
その一つがアートである。
自己実現と社会貢献への意識の高まり
現代の消費者は、単なる金銭的な利益や楽しさだけでなく、商品の持つ意味や社会への貢献を意識して購買行動を起こすようになりました。働き手も同様に、金銭だけでなく、どのように働き、社会に貢献するかを重視する傾向があります。
企業は、こうした消費者の意識変化に対応し、自社の美学や社会貢献を明確に示すことが求められます。単に利益を追求するだけでなく、誠実さや倫理観に基づいた経営が重要となるのです。
企業に求められているのは、製品・サービスにせよ、労働にせよ、個人の自己実現である。
善きこと、真であることが大切である。
変化の速さと制度の限界
現代社会は変化が激しく、法律や制度が追いつかない場面が多々あります。そのような状況では、法律だけでなく、個人の倫理観や正義に基づいた判断が必要となります。
善悪を判断し、正しい行動を選択できる人材を育成することが重要であり、そのためには美意識を磨くことが不可欠です。
法律を根拠とすれば「法に違反していないからやってもよい」になる。その問題を、私たちはさんざん見てきているはずだ。法に拠らない、正義の意識を私たちは持たねばならい。
ソマティックマーカー仮説
山口氏は、これらの主張を裏付ける科学的根拠として「ソマティックマーカー仮説」を紹介しています。
ソマティックマーカー仮説は、神経科学者アントニオ・ダマシオ博士によって提唱された理論で、人間の意思決定における感情の重要性を説いています。この仮説の中心となるのは、「ソマティックマーカー」と呼ばれる概念です。ソマティックマーカーとは、過去の経験に基づいて形成された感情的な記憶が、身体的な感覚や生理的な反応として現れるものです。
例えば、危険な状況に遭遇した際の「ドキドキ」や、過去の不快な経験を思い出した時の胃の締め付けなどが、ソマティックマーカーにあたります。これらの身体反応は無意識に起こり、私たちが意識的に考えるよりも先に、特定の状況に対して「良い」か「悪い」かという評価を下す助けとなります。
ダマシオ博士は、脳損傷によって感情を経験できなくなった患者の研究を通して、感情が意思決定に不可欠であることを発見しました。そして、感情が意思決定に影響を与えるメカニズムとして、ソマティックマーカー仮説を提唱しました。
この仮説によると、感情は主に扁桃体という脳の部位で処理され、そこで生まれた身体的な反応が、意思決定を司る前頭前皮質に送られます。前頭前皮質は、扁桃体からの情報を受け取り、状況に応じた判断を下します。このプロセスは意識的な思考よりも速く、効率的に行われるため、私たちは過去の経験を活かして素早く適切な判断を下すことができるのです。
近年、神経科学の進歩により、ソマティックマーカー仮説を支持する多くの研究成果が得られています。脳イメージング技術を用いた研究などにより、感情が認知プロセスにも影響を与えることが分かってきました。つまり、ソマティックマーカーは単なる「体の反応」ではなく、もっと複雑な働きをしているようです。
ソマティックマーカー仮説は、ビジネス、教育、日常生活、健康・医療など、様々な分野で応用されています。例えば、ビジネスにおいては、消費者の感情を理解し、感情に訴求する製品開発やマーケティング戦略に活用されています。
ソマティックマーカー仮説は、私たちの意思決定プロセスに対する理解を深め、より効果的な判断を下すための手がかりを与えてくれます。
くわしくは
本書の課題点
本書は、美意識の重要性を説く上で大きな貢献を果たしましたが、一方でいくつかの課題点も指摘できます。
エビデンスの不足
本書では、美意識を高めることで個人や組織が成功するという確固たるデータが示されていません。傍証や事例は挙げられていますが、科学的な根拠に乏しいと言わざるを得ません。
もちろん、美意識を数値化することは難しく、科学的な証明が困難な側面もあります。しかし、読者を説得するためには、より具体的なデータや事例を示すことが必要だったでしょう。
具体的な方法論の欠如
本書では、美意識を鍛える重要性は強調されていますが、具体的な方法論についてはほとんど触れられていません。絵画や文学作品に触れることの重要性は示されていますが、それ以上の具体的な方法や実践例は示されていません。
読者としては、どのように美意識を磨けば良いのか、具体的な指針を知りたいと思うでしょう。しかし、本書ではその点についての詳細な説明が不足しています。
ハイカルチャーへの偏重
本書で紹介されている美意識を磨く方法は、絵画や文学など、いわゆるハイカルチャーに偏っているように感じられます。漫画やドラマ、映画といった大衆文化が美意識の育成に役立つ可能性についてはほとんど触れられていません。
美意識の定義は多様であり、ハイカルチャーだけが優れているとは限りません。読者の中には、大衆文化を通じて美意識を磨きたいと考える人もいるでしょう。
リベラルアーツと美意識の共通点と相互関係
リベラルアーツと美意識は、現代社会における企業経営やプロジェクトマネジメントにおいて重要な役割を果たすという点で共通しています。さらに、リベラルアーツの研究は、美意識の研究と深く関連付けられるとも考えられます。
多様な価値観の理解と創造性の促進
リベラルアーツは、哲学、歴史、文学、美術など多様な学問分野を通じて、多様な価値観や視点を理解することを可能にします。これは、不確実性が高く、多様なニーズが存在する現代社会において、柔軟で創造的な問題解決や目標設定を可能にします。
美意識は、単なる好き嫌いを超えて、物事の本質や価値を見抜く力です。これは、従来の枠にとらわれない斬新なアイデアや発想を生み出し、イノベーションを促進する上で重要です。
倫理観と人間理解の深化
リベラルアーツは、倫理学や歴史学などを通じて、倫理的な判断力や人間理解を深めます。これは、企業経営において、社会貢献や倫理的な責任を重視する現代の消費者や従業員のニーズに応える上で重要です。
美意識は、単なる外見の美しさだけでなく、内面の美しさや倫理的な価値観にも関わります。これは、企業の信頼性やブランドイメージを高める上で重要な要素となります。
不確実性への対応と直感力・洞察力の向上
リベラルアーツは、批判的思考力や問題解決能力を育成することで、不確実性の高い状況においても柔軟に対応できる能力を養います。また、歴史や文学などを学ぶことで、人間の本質や社会の構造を理解し、洞察力を高めることができます。
美意識は、経験や知識に基づいた直感的な判断力を高めます。これは、変化の激しい現代社会において、迅速な意思決定や問題解決を行う上で重要です。
リベラルアーツ研究と美意識研究の関連性
上記の共通点から、リベラルアーツの研究は美意識の研究と密接に関連していることが分かります。
- リベラルアーツは美意識を育む土壌となる: リベラルアーツは、多様な価値観や文化に触れる機会を提供し、感性や想像力を豊かにすることで、美意識を育む土壌となります。例えば、美術鑑賞や文学作品の読解は、美的感覚や共感力を高め、美意識の形成に貢献します。
- 美意識の研究にリベラルアーツの視点が役立つ: 美意識の研究は、単に美的な対象を分析するだけでなく、その背景にある歴史的・文化的・社会的背景を理解する必要があります。リベラルアーツは、これらの背景を理解するための視点を提供し、美意識の理解を深めることができます。例えば、哲学は美の概念や価値判断の基準を考察する上で役立ち、歴史学は美意識の変遷を理解する上で役立ちます。
- リベラルアーツと美意識の融合による新たな価値創造: リベラルアーツと美意識を融合させることで、新たな価値創造や問題解決が可能になります。例えば、デザイン思考は、リベラルアーツの視点と美意識を融合させた問題解決手法であり、イノベーションの創出に貢献しています。
リベラルアーツと美意識は、現代社会における企業経営やP2Mにおいて重要な役割を果たす共通点があります。さらに、リベラルアーツの研究は美意識の研究を深化させ、新たな価値創造を促進する可能性を秘めています。したがって、企業や教育機関は、リベラルアーツと美意識の重要性を認識し、積極的にその育成と活用に取り組む必要があると言えるでしょう。
山口氏が提唱する「美意識」は、単なる美的感覚ではなく、倫理観や社会貢献、そして変化に対応する力といった、リベラルアーツが育む能力と密接に関連しています。これは、リベラルアーツが美意識の研究と実践に貢献できることを示唆しており、今後の研究の発展が期待されます。
『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか』について
本書は、美意識の重要性を日本社会に広く知らしめたという点で、大きな功績があります。しかし、エビデンスの不足や具体的な方法論の欠如といった課題点も指摘できます。
読者は、これらの点を理解した上で、本書を読む必要があるでしょう。本書をきっかけに、自身の美意識について考え、それを磨くための具体的な方法を探求していくことが重要です。
美意識がビジネスの成功に直結するかどうかは科学的に証明されていませんが、個人の人生を豊かにする可能性を秘めていることは確かです。合理性や効率性だけでなく、美意識という視点を取り入れることで、新たな発見や可能性が広がるでしょう。
読者の皆さんへのメッセージ
本書で示された問題点を踏まえつつも、美意識を磨くことの重要性は理解できたのではないでしょうか。ぜひ、自分なりの方法で美意識を磨き、人生をより豊かなものにしてください。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/経済学博士/関東学院大学 特任教授/法政大学イノベーション・マネジメント研究センター 客員研究員
詳しい講師紹介はこちら website twitter facebook youtube tiktok researchmap J-Global Amazon
専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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