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従業員越境の隠れたメリット「”被”越境学習」って何!? 法政大・石山恒貴先生登場!【特別講義シリーズ 人的資本経営4】

中川先生のやさしいビジネス研究、特別講義シリーズ「人的資本経営」では、産学官それぞれから日本の第一人者の方々をお招きし、人的資本経営に関する現状や重要なキーワードについてお話を伺っていく予定です。

中川 功一

本日のゲストは、越境学習というテーマで非常に注目されている法政大学の石山恒貴先生です。
石山先生、今日はよろしくお願いいたします。

石山 恒貴 先生

よろしくお願いいたします。

中川 功一

今日は、どのおようなお話を伺わせていただけるのでしょうか?

石山 恒貴 先生

今日の主なテーマは「被越境学習」です。

越境学習とは、一般的には自分が普段いる馴染みのある環境(ホーム)から、馴染みのない新たな環境(アウェー)へ移り、そこで学びを得ることを指します。この越境学習は、我々のやさしいビジネススクールの他の講義でも取り上げられていますし、徐々に認知されてきている概念だと思います。

しかし、今日の話題は少し異なります。今日は、「被」越境学習について話したいと思います。これまでの越境学習は、主に越境する側の学びに焦点を当ててきました。

しかし、今回は、越境した学習者が新たな環境(アウェー)に来たとき、あるいは自身の元の環境(ホーム)に戻ったとき、その影響を受ける側の学びについて考えてみたいと思います。

つまり、越境学習者から影響を受けるという観点から、「被越境学習」という概念を提示します。我々の研究室でも、このテーマについての研究をこれから進めていくつもりです。

中川 功一

越境している人々から学ぶという観点は、確かに興味深いですね。

人々が様々な組織を越境して動いている時、それぞれの組織自体にも影響があるはずです。この「被越境学習」という概念は、アカデミア的にもフロンティアな領域だと感じますし、その実際の効果がどのようなものかについて、非常に重要な議論になると思います。

石山 恒貴 先生

それでは、お話を進めさせていただきます。

この記事は、従業員越境の隠れたメリット「”被”越境学習」って何!? 法政大・石山恒貴先生登場!【特別講義シリーズ 人的資本経営4】を元にした人的資本経営と日本の組織変革に関する記事です。

目次

実践共同体の多重成員性と知識の仲介

出所)Wenger, E.(1998) Communities of practice: Learning, meaning, and identity.  NY: Cambridge University Press. P.105.Figure4.1に基づき筆者が作成

ここでは、2つの楕円が描かれています。これは何かというと、1つの楕円がいわゆるホームの場、あるいはアウェーの場、つまり一つの越境する組織の単位と考えていただきたいと思います。学問的にはこれを「実践共同体」あるいは「実践コミュニティ」と呼びます。これらは、同じ領域で自発的に学ぼうとしている人たちが集まっている共同体やコミュニティです。

越境学習はこの「実践共同体」の考え方に基づいています。越境学習、あるいは状況学習の場合、知識は単純に人から人へ移転するものというより、日常の社会生活に埋め込まれています。日常の社会生活の中でさまざまな実践を通じて、その実践共同体の一員として学びを深めていくと考えられます。

例えば、この実践共同体Aがトヨタ、実践共同体Bが週末の落語家サークルと考えてみましょう。トヨタの中での対話や相互作用(参加)により、トヨタ人らしいトヨタ人になる過程があります。一方、人工物が意味を持つ(物象化)という現象もあります。典型的な例としては、マルクスの資本論における商品や通貨が単なる物品を超えて資本主義の中で神秘的、あるいは宗教的な意味を持つようになるという現象です。トヨタでは、「トヨタウェイ」がその具体例です。この「トヨタウェイ」には、トヨタの人だけが理解できる特殊な意味が含まれています。

一方、落語家サークルでは、本当に落語家になるためには師匠の家に住み込むことが必要です。その理由は、江戸時代の庶民の生活を理解するためです。師匠や兄弟子とのやりとりを通じて、江戸の庶民の気持ちを理解し、それを反映した落語を作り上げます。

しかし、実践共同体の話がトヨタや落語家サークルで収束してしまうと、ここで越境の話が出てきます。それは、これらの共同体を行き来する人々が現れるということです。トヨタの人が落語家サークルに参加し、落語家らしい影響を受けてトヨタに戻る。逆に、落語家サークルの人がトヨタの改善思考を学び、それを落語家サークルに持ち込む。このような越境学習者が、日常の実践に埋め込まれた知識を仲介します。これを「ナレッジ・ブローカー」と呼びます。

これはアンソニー・ギデンスの考え方に大いに影響を受けています。ギデンスは、「knowledge」と「knowledgeability」を区別します。日本語に訳すと、「knowledge」は「知識」、「knowledgeability」は「知識を使いこなす能力」です。単に落語を知っているだけでなく、江戸の庶民の気持ちになりながら落語を使いこなす能力、それが「knowledgeability」です。そしてこれを仲介するのが「ナレッジ・ブローカー」の役割なのです。

越境(ホームとアウェイの往還)

出所)石山恒貴・伊達洋駆(2022)「越境学習入門」日本能率協会マネジメントセンター

越境学習というのは、自分が心の中で「ホーム」と思う場所と、「アウェー」と思う場所を行ったり来たりし、その境界を超えることを指します。

例えば、トヨタがホームで、落語家サークルがアウェーの場合、その間を行き来することです。この図は越境学習者から見た視点になります。

被越境者の学習

  • 大手日本企業7社の若手の高度外国人材を部下にもつ日本人上司に、「被越境者」として生じる変化
  • 香川(2015)のレベル2「文化的動揺と抵抗」とレベル3「異文化専有と変革」が、組織のマジョリティである被越境者にも発生
  • レベル0「越境の根源性」→経営組織では、越境者が持ち込む新しい視点は非正統だと見なされる→被越境者が、「越境の根源性に気づくことによって正統性を再定義すること」が発生する

出所)小山健太. (2022). 越境者を受け入れる側の学習―外国人部下と日本人上司の相互学習を事例に―. 経営行動科学, 32(1-2), 47-61.
出所)香川秀太 2015 「越境的な対話と学び」とは何かプロセス,実践方法,理論 香川秀太・青山征彦(編) 越境する対話と学び:異質な人・組織・コミュニティをつなぐ 新曜社, 35-64.

被越境学習者からの視点は何かというと、これは東京経済大学の小山先生が論文で述べています。小山先生の例では、高度外国人材が日本企業にやってきた場合、これらの人々は越境学習者で、彼らを部下に持つ上司が被越境学習者となると説明しています。では、何が起こるのかというと、香川先生が越境学習のレベルについて言及しています。自分が正しいと信じていた文化が揺らぎ始め、それが文化的動揺と抵抗につながります。例えば、トヨタの改善だけが全てだと思っていたら、江戸の庶民の気持ちが存在するというような状況です。

そして、異文化専有と変革が起こります。具体的には、トヨタの人が江戸の庶民の気持ちを理解し、その感情を取り入れた改善を行うようになるということです。しかし、高度外国人材を部下に持つことで、自分たちが思っていた「日本企業のやり方が全て正しい」という考え方が、実は日本企業だけの常識だったと気づくようになるのです。

これがレベルゼロの越境の根源性ということで、特に経営組織論では、組織は正当性、つまりレジティマシーで成り立っています。自分たちの組織では、これが正当化されるという共通の認識が存在します。この正当性は、組織内で暗黙的に認められているものです。しかし、高度外国人材という日本企業の常識を問う人々が来ると、この正当性が私たちだけの常識だったという再定義の可能性に気づくのです。

結局、この論文では、レベル0やレベル2、レベル3などが生じると述べられています。これは、組織の基本的な価値観、つまりバリューが、越境者が新たな視点を持ち込むことで変化する可能性があるということを示しています。

つまり、異なる視点を取り入れることで組織の価値観そのものが変わる可能性があるということです。特に、組織は自身のバリューを正当と思い込み、それによってコミュニケーションが円滑に進み、組織の存続が可能となります。だからこそ、組織は自身のバリューを否定されることはないと考えがちです。しかし、実際には、自身が否定されること自体にもバリューが含まれる可能性があるということに、今、気づいているのです。

地域の中小企業での被越境者の学習プロセス

  • 被越境者は、マジョリティ的だが「越境的学習における学びのプロセス」が発生
  • 被越境者の学習は、越境者との関係性と社内との関係性が起点
  • 越境者との協働=新たな考えの獲得
  • 社内との関係性:仲間と認知していなかった→経験と内省概念化、実践→社内に対する認識変化と仲間の認知

出所)油布梨華 (2022)「東海地方の中小企業における被越境者の学習〜他者との関係性および心理的変容に着目して〜 」法政大学修士論文

実は、私たちの研究室で最近、被越境学習について研究した方がいます。その方は、油布さんという方で、この研究は地域の中小企業、具体的には岐阜県の中小企業に、大企業からの越境学習者がやってきたときに、その中小企業側でどのような学習が生じたかを調査しました。

最初、中小企業の人々は、大企業からの人々が新しい技術などを持ち込んでくれることを期待していました。彼らは、自分たちとは直接関係なく、移転可能な知識が提供されるだろうと考えていたのです。しかし、実際に学びが生じるのは、越境者が移転可能な知識を持ち込むよりも、越境者と被越境者が良好な関係を築き、日常的な実践を共にする中で、相互に”同じ仲間”と認識し、その中で学習が生じるということです。

具体的な例として、中小企業の社長が、「うちの社員たちは主体性が全くなく、意見も言わず、新規事業についても何も考えない」と言っていたとします。しかし、その社員たちが越境者との関係性を持つと、プロジェクトの中で積極的に自分の意見を述べるようになります。それを見た社長は、「うちの社員たちは主体性やアイデアがないわけではなく、自分自身が彼らに意見を言わせていなかったんだ」と気づくことになります。これが最大の学びだと言えます。

つまり、社長が「自分だけが良いアイデアを持っており、社員たちはそれを遂行する道具」というような、会社の正当性を再定義することが起こりました。これが被越境学習の真髄と言えるでしょう。

石山 恒貴 先生

ここまでが私が準備した話です。

中川 功一

この議論から多くを学ぶことができます。確かに、自分たちの良い面も悪い面も含めて、異質性に気づき、改善すべきは改善し、保護すべきは保護する。それを可能にするきっかけが被越境学習なのでしょう。

石山 恒貴 先生

まさにその通りだと思います。

中川 功一

これをどんな会社でも体験していただければと思います。

石山 恒貴 先生

本当に「目から鱗」で、新たな視点を得ることができるので楽しんでいただけたらなと思います。
ありがとうございました。

中川 功一

ありがとうございました。

優しいビジネススクール主催の特別セミナーシリーズ「人的資本権の最前線」では、石山恒貴先生による完全無料の特別講演が、2023年6月2日20時から開講となります。

無料ですので、石山先生の話をさらに聞きたい方は、ぜひご参加ください。

著者・監修者

本気のMBA短期集中講座

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