ACTによるセブンイレブン買収提案の一連の流れ
2024年8月、カナダの流通大手アリマンタシオン・クーシュタール(以下、ACT)は、セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイHD)に対し、買収提案を実施した。この買収が実現した場合、世界で10万店以上を展開するコンビニエンスストア企業グループが誕生する規模となる。
ACTの買収提案の主要条件
- 買収総額:380億ドル(約5兆4,000億円)
- 取得方法:全発行済み株式を1株当たり14.86ドルで現金取得
- 提案の意図:ACTは、セブン&アイ・ホールディングスとの合併が、両社の顧客、従業員、フランチャイズ加盟店、株主にとって利益をもたらすと考えている。
セブン&アイHDの対応と拒否理由
セブン&アイ・ホールディングスは、ACTからの買収提案に対し、社外取締役のみで構成される特別委員会を設置して検討を行いました。
その結果、2024年9月6日にACTの買収提案を正式に拒否しました。
参考)株式会社セブン&アイHKDGS. アリマンタシォン・クシュタール社からの法的拘束力のない初期的な提案への回答
https://www.7andi.com/library/dbps_data/_material_/localhost/ja/release_pdf/2024_0906_ir01.pdf
拒否した主な理由
企業価値の過小評価
本提案は、当社の本源的価値およびそれら価値を顕在化する機会を「著しく」過小評価しています。
引用:株式会社セブン&アイHKDGS. アリマンタシォン・クシュタール社からの法的拘束力のない初期的な提案への回答https://www.7andi.com/library/dbps_data/_material_/localhost/ja/release_pdf/2024_0906_ir01.pdf
セブン&アイは、米国事業における戦略的なポジショニングと、現在進行中または将来計画されている戦略的施策を通じて、将来的にはより高い株主価値を顕在化できると考えていますが、ACTは、買収提案がセブン&アイ・ホールディングスの短期的・中期的な株主価値の実現を過小評価していると考えているようです。
この部分に関しては、両社の主張には、どの時点における企業価値を基準として評価すべきかという点で、認識の相違があるように見受けられます。
規制面での課題(米国の独占禁止法当局(FTC))
ACTの提案は、現在の規制環境において、米国の競争法当局との関係で直面するであろう、合併による競争への影響や資産売却の必要性などの課題を十分に検討していない。
引用:株式会社セブン&アイHKDGS. アリマンタシォン・クシュタール社からの法的拘束力のない初期的な提案への回答https://www.7andi.com/library/dbps_data/_material_/localhost/ja/release_pdf/2024_0906_ir01.pdf
これは、米国の独占禁止法当局(FTC)が、&アイやACTの過去の買収でも売却を求めた実績がある内容で、ACTが米国内で展開している「サークルK」とセブン&アイの「セブンイレブン」は米国内で数千カ所にわたって競合しており、サークルKの45%以上がセブンイレブン店舗の2マイル以内に位置しているため、店舗売却が必要になる可能性が高い。ブルームバーグの分析によると、約2,463店舗が売却対象になる可能性があるためです。
参考)Bloomberg:クシュタールの7&i買収、米当局は厳しく審査か-店舗売却要求も
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-10-17/SLHF05T1UM0W00
規制面での課題(日本の外為法)
上記セブン&アイの回答に記載はありませんが、外為法の規制にかかる恐れもあります。
これは、銀行、保険代理店、石油販売、貨物運送業、警備、農産物関連などの事業を展開していて2024年9月13日に外為法の「コア業種」に指定されたためです。
※解釈によっては、セブン&アイが身を守るためにおこなった対策ともとれます。
外為法の規制を回避して、買収提案を成立するためには、該当業種の売却や停止などが必要となります。
参考)日本経済新聞:セブン&アイ、外為法コア業種に 外資出資に届け出必要
※外為法とは「外為法」(外国為替及び外国貿易法)は、日本の対外的な経済活動を管理・調整する法律です。安全保障上重要な技術や産業を保護するため、外国資本による日本企業の買収や投資を規制し、また、重要物資の輸出入を管理します。特に「コア業種」に指定された企業への投資には事前届出が必要です。
ACTの反応
セブン&アイ・ホールディングスからの拒否を受け、ACTは2024年9月9日、セブン&アイ・ホールディングスと友好的な議論を行う用意があると表明し、両社が協力すれば、互いに合意できる取引を成立させることができると「継続の意向」を示しています。
参考)Fortune:Circle K owner says it will continue to pursue 7-Eleven buyout after first offer rejected
https://fortune.com/2024/09/09/circle-k-owner-continue-pursue-7-eleven-buyout-first-offer-rejected
今回の買収提案実行の背景
ACTは、2005年頃からセブン&アイの買収に前向きでした(2度提案済みかつ拒否され済み)が今回の買収提案の背景には、以下の点が挙げられます。
円安
近年の急激な円安により、外国企業にとって日本企業の買収が容易になった。
日本政府によるM&A推進
日本政府は、企業価値向上を目的としたM&Aを促進しており、企業に対し、真摯な検討なしに信頼できる買収提案を拒否しないよう求めていることも追い風と捉えているでしょう。
参考)経済産業省:企業買収における行動指針:2023年8月31日
https://www.meti.go.jp/press/2023/08/20230831003/20230831003-a.pdf
日本企業の課題を写す鏡である
さて、私なりの見解を述べたいと思います。
この買収劇は、日本企業が抱える構造的な問題を改めて浮き彫りにしたと言えるでしょう。セブン&アイ・ホールディングスは、世界トップクラスのコンビニエンスストア事業を擁しながら、グループ全体としての企業価値は過小評価されていると私は考えています。
その原因は、ズバリ「強い現場、弱い本社」という日本企業特有の構造にあります。
「リーダーシップ不足」という日本企業特有の構造
セブンイレブンは圧倒的な競争力を誇っていますが、イトーヨーカドーをはじめとする大型店舗事業の不振や、多角化による資源分散がグループ全体の成長を阻害していることは否めません。
この問題の根底にあるのは、トップマネジメントのリーダーシップ不足です。
グループ全体のビジョンを示し、各事業を統合する戦略を描けていないことが、企業価値向上を阻んでいるのです。
セブン&アイ・ホールディングスに必要なのは、セブンイレブンを中心としたグローバル成長戦略の明確化と、グループ全体の方向性を示すビジョンの提示です。今回の買収提案は、同社にとって、自社のガバナンス体制や経営体制を見直し、抜本的な改革を進める必要性を突きつけられた、千載一遇の機会と言えるでしょう。
問題点
- 創業事業であるイトーヨーカ堂をはじめとした大型店舗の運営能力の低さ。
- 株主との対立。23年には社長退任の提案、24年には大型店舗事業を売却し、コンビニに集中せよという株主提案。
- 株主構成の不安定さ。87%が株式市場を流通し、36%が海外株主。機関投資家の保有比率65%も高い。
具体的に、セブン&アイ・ホールディングスは以下の課題解決に早急に取り組むべきです。
- ビジョンの明確化: 中長期的な視点で、グループ全体としてどのような企業を目指していくのか、明確なビジョンを示す必要があります。
- 戦略の策定: ビジョンを実現するための具体的な戦略、つまり各事業をどのように統合し、資源をどこに集中投下していくのかを明確に示す必要があります。
- トップマネジメントのリーダーシップ強化: ビジョンと戦略に基づき、グループ全体を牽引していく強力なリーダーシップを発揮できる体制を構築する必要があります。
- グループガバナンスの改革: 株主や市場の声を適切に経営に反映できるよう、グループガバナンス体制を見直し、透明性と説明責任を向上させる必要があります。
- 「強い現場、弱い本社」からの脱却: 本社機能を強化し、現場を支援し、グループ全体を統括する役割を担えるようにする必要があります。
これらの課題を克服することで、セブン&アイ・ホールディングスは真のグローバル流通グループとして、世界でさらなる成長を遂げることが可能になるはずです。
私は、同社が今回の買収提案を機に、これらの課題解決に真剣に取り組むことを強く期待しています。
そして、日本企業全体の未来のためにも、この事例が「強い現場、弱い本社」からの脱却を促す契機となることを願ってやみません。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/経済学博士/関東学院大学 特任教授/法政大学イノベーション・マネジメント研究センター 客員研究員
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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