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タレント人材、特別扱いの功罪。第一人者・石山恒貴先生(法政大学)が解説! 【特別講義シリーズ 人的資本経営6】

中川先生のやさしいビジネス研究、特別講義シリーズ「人的資本経営」では、産学官それぞれから日本の第一人者の方々をお招きし、人的資本経営に関する現状や重要なキーワードについてお話を伺っております。

中川 功一

石山先生の研究分野である「タレントマネジメントにおけるタレントステータス」にについて伺う予定です。
石山先生、今日はよろしくお願いいたします。

石山 恒貴 先生

今日はタレントマネジメントの中でも特に重要な概念である「タレントステータス」についてお話ししたいと思います。

中川 功一

私自身、タレントステータスについて詳しくは知らないので、楽しみに学ばせていただきたいと思います。

目次

タレントステータス

『タレントステータス』とは会社の中や組織の中で

『その人がタレントという地位に”ありますか?ありませんか?」

ということを示す概念

石山 恒貴 先生

この「タレントステータス(TS)」という概念について話しましょう。ステータスというと、ある立場や地位を示すものですよね。それが「タレントステータス」であれば、会社や組織内でその人が「タレント」という地位にいるかどうかを示す概念となります。実際、この「タレントステータス」について考えることは、タレントマネジメントにおいても重要な意味を持っています。今日はその話をさせていただきたいと思います。

この記事は、タレント人材、特別扱いの功罪。第一人者・石山恒貴先生(法政大学)が解説! 【特別講義シリーズ 人的資本経営6】を元にした人的資本経営と日本の組織変革に関する記事です。

タレントステータスの定義

  • 組織の中で、誰がタレントか’talent or notと認識されているかという概念は、タレントステータス(TS)と呼ばれる(Björkman et al. 2013)
  • タレント→組織によって選別されたハイパフォーマーとハイポテンシャルの両方を意味し、これらのタレントはタレントプールの対象者になることが多い(Björkman et al. 2013; Ehrnrooth, et al,2018)

「タレントステータス」の定義ですが、これを英語で言えば「Talent or not」となります。つまり、その人がタレントであるか否か、ということを示すものです。組織内で「この人はタレント、この人はノンタレント」という区別をつけ、ステータスを識別するということです。

では、「タレント」と言われる人とは何でしょうか。通常、それは「ハイパフォーマンス(高い業績)」と「ハイポテンシャル(高い潜在能力)」を持つ人たちを指します。ハイパフォーマンスな人とは、すでに素晴らしい成果を出している人を指します。一方、ハイポテンシャルな人とは、将来的にリーダーやハイパフォーマンスな人材になれる可能性を持つ人を指します。

このハイパフォーマンスやハイポテンシャルな人たちは、組織から「この人はタレントですね」というフラグを立てられ、タレントプールというグループに入れられます。そこで彼らは組織から徹底的なトレーニングを受け、場合によっては急速に昇進することもあります。

客観的TSと主観的TSが存在

  • 研究蓄積は客観的TSの方が多く、その場合タレントであるかどうかは人事部門など組織側が特定する(De Boeck, Meyers, and Dries 2017)。
  • ハイポテンシャルであるかどうか(Dries et al., 2014)、タレントプールのメンバーであるかどうか(Swailes and Blackburn, 2016)

このタレントステータスには「客観的タレントステータス」と「主観的タレントステータス」が存在します。客観的タレントステータスとは、組織側がその人をタレントだと判断し、タレントプールに加え、次世代リーダー用の研修を受けさせるといったものです。一般的には人事部門が主にこれを行います。一方、主観的タレントステータスとは、本人が自身をタレントだと思うかどうかを指します。

主観的タレントステータスが存在する理由は、組織が明確に「あなたはタレントです」と言わないこともあるからです。だから、組織が明確に「Aさんはタレントで、Bさんはタレントではありません」と言えば、客観的タレントステータスと主観的タレントステータスは一致します。しかし、組織が明確に言わないこともあるため、自分をタレントだと思っている人が実はタレントではなかったり、逆に組織がタレントと認定している人が自分をタレントではないと思っているといったこともあります。

そのため、客観的タレントステータスと主観的タレントステータスは異なる可能性があり、それぞれが研究の対象になります。これまでのタレントマネジメントの研究では、客観的なタレントステータスの方が多く扱われてきました。組織側に誰がタレントか聞き、タレントと非タレントでモチベーションやエンゲージメントに違いがあるかどうかといった研究が行われてきました。しかし、今回の話題であるハイポテンシャルかどうか、タレントプールのメンバーであるかどうかという点については、まだ議論の余地があります。

TSに関する課題

TSの認知に「不一致」(客観と主観)存在(Sonnenberg, Zijderveld, and Brinks, 2014)

さきほど述べたように、タレントステータスには客観的な側面と主観的な側面が存在します。これは会社によって様々です。一部の組織では「当社にはタレントとそうでない人がいる」とタレントマネジメントを導入しています。一方で、一部の組織ではそのような区別を明確にしていません。更に、タレントマネジメントを導入していて、「当社にはタレントとそうでない人がいる」と認識している組織でも、「あなたはタレントです」ということを個々の人に伝えているかどうかは組織によります。

Björkman et al.(2013):組織側は公式なタレントとして特定しているにもかかわらず、「はい」という回答は41%、「いいえ」の比率も10%と少なく、「わからない」という認識にある者の比率が高い。

北欧の研究では、組織側がタレントだと認識している人に「あなたはタレントですか」と尋ねたところ、41%が「はい」と回答し、10%が「いいえ」と回答し、残りの人は「分からない」と回答したとの結果が出ています。つまり、組織側がタレントだと思っていても、自分自身をタレントだと認識している人は41%しかいないわけです。

Dries and De Gieter (2014)は、TSを明確に伝えないことを「戦略的曖昧さ」と呼ぶ。

第1に、昇進や育成機会への高すぎる期待
第2に「皇太子シンドローム」
第3に、組織側の直感による昇進判断の裁量の余地がなくなってしまう
第4に、同僚の嫉妬により、ぎすぎすした風土になってしまうため

では、なぜ組織は個々の人にタレントステータスを明確に伝えないのでしょうか。実はこれは組織が意図的に伝えていないからです。これを「組織の戦略的曖昧さ」と呼びます。その理由の一つとして、「あなたはタレントです」と言ってしまうと、その人が過度の期待を持ち、「昇進するべきだ」と考える可能性があるからです。

さらに、「抗体視シンドローム」という現象もあります。

つまり、「あなたはタレントです」と言われた人は、「選ばれた人物」だと思い込んでしまい、自己中心的になる可能性があります。

また、「あなたはタレントです」と言ってしまうと、組織側がその人をタレントとは認識しないことを決定することが難しくなります。そして、最後に、「あなたはタレントです」と明確に伝えてしまうと、タレントでない人から強く嫉妬される可能性があります。

これらの問題を避けるために、組織は敢えてタレントステータスを伝えないことを選択します。これは日本の企業だけでなく、世界的に見ても一般的な現象です。

タレントステータス(TS)の論点

では、なぜタレントステータスの研究が必要なのでしょうか。

主観と客観に「不一致」があることが悪影響をもたらすことがある

その理由は、主観的な認識と客観的なステータスに不一致がある場合、様々な悪影響が生じる可能性があるからです。タレントであるのにそれを認識していない場合、その人のモチベーションやエンゲージメントに影響が出るかもしれません。また、タレントでないのに自分がタレントだと思い込むと、それもまた問題を生じさせる可能性があります。

総じて、自分自身をタレントだと思っている人の方がモチベーションが高いことが多いです。しかし、これが逆になると、本来はタレントであり、もっとモチベーションを発揮できる人がそれを実現しないという問題が生じます。

自分がタレントであると認識していても、伝統的キャリアで昇進を重視し、キャリア不安、バーンアウト、組織からの監視による束縛感など発生

自分がタレントだと思い込むことで、「絶対に昇進しなければならない」とか、「仕事をやりすぎてバーンアウトする」などの問題も起きます。

タレントとノンタレントの確執もある

「タレント」とされた人とそうでない人との間には緊張感が生じる可能性があります。

TSの高さは、昇進のために、組織での高いキャリアを期待し、努力する効果をもたらし、ワーク・エンゲイジメントや革新的業務行動に効果あり

自己認識が高い人は自己努力をしたり、ワークエンゲージメントを向上させたり、革新的な業務行動を取るようになることがあります。これは最近の同志社大学の田中先生との共同研究でも確認されています。

このように、タレントステータスの考え方はまだ新しいものですが、研究する価値があると思います。

TMとケイパビリティアプローチ

少し哲学的な視点からこのタレントマネジメントを考えると、「何のためにやるのか?」という問いが浮かびます。

例えば、ユーティリタリズム的な考え方があると思います。ユーティリタリズムとは、最大多数の最大幸福を目指すという思想です。この観点からすると、従来型のタレントマネジメントがユーティリタリズム的な形かもしれません。

すなわち、一部の人々を非常に優れたタレントに育てることで、彼らが頑張ることにより最大の幸福を目指す、という形です。この考え方は一見良いように思えますが、結局のところ、タレントとそうでない人の間に生じるギャップや、タレントステータスの不一致問題が顕在化するのではないかと思います。

参考)ケイパビリティとは

アマルティア・センのケイパビリティ

功利主義のような最大多数の最大幸福でなく、個人のウェルビーイングのために自由な主体的な選択ができる(機能を実現できる)ことが大事→飢餓状態と断食は機能は同じだが、選択できる自由において、ケイパビリティが異なる

出所)p.275,表1より抜粋して筆者が翻訳

出所)Downs, Y., & Swailes, S. (2013). A capability approach to organizational talent management. Human Resource Development International, 16(3), 267-281.

アマルティア・センという学者が提唱する「ケイパビリティ」の概念があります。ケイパビリティとは、個々の人が持つ潜在的な可能性を最大限に発揮し、個々の人が自由に選択できるようにするという考え方です。

この観点からすると、タレントマネジメントは全ての社員が自身の潜在能力を解き放つための手段と捉えられ、すべての人がタレントステータスを感じるという新たな視点が提供されます。

ただ、この議論はまだ途上で、どう実現可能かという点については様々な見解があると思います。それでも、今日はこのタレントステータスという考え方があるということをまずお伝えしたかったというわけです。

中川 功一

アマルティア・センはノーベル経済学賞を受賞した研究者で、一般的には経済成長、経済開発、貧困などを扱っていると思っていましたが、こうした研究も行っているんですね。

石山 恒貴 先生

実際には、タレントマネジメントの研究者たちがアマルティア・センの考えを取り入れているので、セン自身は直接タレントマネジメントを研究しているわけではないです。

中川 功一

意志と選択が可能なことこそが幸福である、という考え方が基本にあるという理解でいいですか?

石山 恒貴 先生

おっしゃる通りです。
ユーティリタリズム的なタレントマネジメントは、一部のすごいタレントが何かを達成することを期待する形ですが、ケイパビリティ・アプローチのタレントマネジメントでは、全ての働く人がタレントであり、それぞれのタレントが自由に選択できる可能性を高めることを目指します。
森島先生も「全社員をタレントとする」考え方を提唱していますよね。

中川 功一

それは、社会や組織がどうあるべきか、また、権力格差や富の格差といった問題とも関わってくる重要な論点ですね。ただ、現時点でのタレントマネジメントにはまだ功罪があって、正解が見えないというのが現状ですよね?研究がさらに深められるべきだという認識でよろしいですか?

石山 恒貴 先生

おっしゃる通りです。タレントマネジメントの出発点は、いかに優れたタレントを選抜するかという視点です。その中でタレントステータスという概念は避けて通れないものです。しかし、どのようなタレントマネジメントが社会環境の変化の中で望ましいのか、あるいは組織ごとにどのようなタレントマネジメントが適しているのか、という問いはまだ解答を待つ状況です。

中川 功一

これからの人事分野での研究の進展を楽しみに待ちたいと思っています。どのような進展があるのか、非常に興味深くウォッチしていきたいと思っています。

石山 恒貴 先生

ありがとうございます。

中川 功一

やさしいビジネススクールが主催する特別セミナーシリーズ「人的資本権の最前線」に参加してみてください。

2023年6月2日の20時から、完全無料で石山先生から直接お話を聞くことができます。皆さんの参加を心からお待ちしております。

どうぞよろしくお願いします。

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著者・監修者

本気のMBA短期集中講座

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