「ソーシャルマーケティング」という言葉を存知でしょうか?
「ソーシャルマーケティング」は直近行動科学の最先端にあるような理論だと考えられ、従来の行動経済学やナッジの限界を打破するものとして今世界的に注目されています。
経営学者の視点から「ソーシャルマーケティング」を解説します。
ソーシャルマーケティングは、行動経済学の限界を打破できる最新理論で社会や個人にとってよいことをあえて「マーケティング」の手法を用いて社会的に普及・啓発し、人々の行動変容を促すものです。
この記事は、ナッジの限界を超える理論「ソーシャルマーケティング」とは⁉【行動経済学22】という動画をテキスト形式で読みやすくまとめたものです。
行動経済学の問題点
行動経済学は、人の心理を冷静に、どのような行動をとりがちなのかを解明していきました。この得られた知識を使って人々の心を操作できる手法が分かりました。
典型的な例としては「ナッジ」が挙げられます。
「ナッジ」は、相手が気付かないうちに、して欲しい行動をとるようにそっと後押しする手法です。
ナッジを悪用すれば、詐欺師が要らないものを売りつけることにもつながります。また、国がナッジを使うと、国民は無意識のうちに、政府の意図に沿った行動を取ってしまうこともあり得ます。
ソーシャルマーケティングとは?
これに対して「ソーシャルマーケティング」は、行動経済学のナッジとは全く異なるアプローチを取ります。
ソーシャルマーケティングは、社会や個人にとってよいことをあえて「マーケティングの手法」を用いて社会的に普及・啓発し、人々の行動変容を促すものです。
マーケティングの手法とは、まず社会で何が起こってるのかを3C分析などを行ってリサーチをします。
そこから戦略としてターゲティングを行い、ターゲットに対して4Pで提案を行います。
ユーザー側はこの提案を受けて、商品を買うか買わないかを選択し、その提案を継続するかどうかを選ぶ構造になっています。
自由意思を尊重するソーシャルマーケティングの力
マーケティングは、究極的に自由意思を尊重します。
購入するしないか、一度購入して継続するかは、ユーザー側に委ねられています。そして、提案する側は「これはいい商品だからどうか買って欲しい」と全力でPRやプッシュします。
これは無意識のうちに行動を促すナッジとは真逆の行動になります。
ソーシャルマーケティングでは、マーケティング側は自分の立ち位置や立場、目的を明確にし、相手の立場を尊重して商品や提案のアピールを行います。
ユーザー側は、商品を買うか買わないか、商品は社会的によいものなのかなどを検討し、提案を受けて入れた後も継続するかは、ユーザーの自由意思に委ねられています。
そして、ソーシャルマーケティングでは、マーケティング一連のプロセスの中で、「社会によいことをやっていこう」というものになります。
ソーシャルマーケティングのプロセス
ソーシャルマーケティングの日本の第一人者、同志社大学の瓜生原洋子先生の資料を参考に、ソーシャルマーケティングのプロセスを説明します。
最初に行うことは、課題について市場リサーチをして、どういうところに問題があるのか問題とターゲットを特定します。
ターゲットが特定できたら、そのターゲットに効果がある施策を考えます。
ターゲットをペルソナ分析すると「なるほどこういう人たちなんだ」とターゲットが見えてきます。ターゲットの行動を変えるためのトリガーは何なのか?ターゲットたちに売れるサービスはどういうものなのかを発想していきます。
そしてターゲットに売れるサービスの形が見えてきたら、マーケティングの4Pの形に落とし込んで、どのようなチャネル(集客するための媒体、経路)で、どういうサービスとしてプッシュしていくのかをデザインします。
デザインしたものがどのように社会に広がって定着したのかなど、効果を測定してマーケティングのサイクルを回していきます。
うまくいかなかった場合はやり方を変えて、もう1ラウンドトライしていきます。
ソーシャルマーケティングにおいて、これらのプロセスが常にユーザーとの対話であるという最新のマーケティングの考え方に基づいています。そして提案側と受け入れる側が議論をしながら、お互いにとってベストな形を探していく構造にもなっています。
ソーシャルマーケティング実践例 ~高齢者の運転事故を減らすには~
ここで、ある自治体の例を紹介しましょう。
高齢者の運転事故の増加が社会問題となっている地域で、ソーシャルマーケティングを実践しました。
対象となるのは、地域の70代男性です。対象の男性たちにヒアリングをして、人物像をつかんでいくと、車が日常生活の足になっていて、車に車の鍵をさしっぱなしにしていることが分かりました。
この現状を4Pに落とし込んでいきました。そこから「車の鍵を家族に預けて、家族に承認を得てから車に乗ってくださいと啓発すること」を提案しました。
ネックになってくるのは、この提案を対象者の70代男性が受け入れるかどうかです。
家族に自分ができなくなったことを言わなければいけないことが大きな壁になると考えられました。これらを対象者が受け入れられるように提案を検討しなければいけません。
そこで、対象者の70代男性が必ず行く場所やペルソナ(対象者)のカスタマージャーニーを調べました。すると、対象者は病院に必ず月1回は行くことが分かりました。
そこで地域の病院窓口に啓発チラシを置いて、対象者にもらって帰るのが一番伝わるのではないか、ということになりました。
実際に、啓発チラシの効果がどのくらいあったかの正確な測定を行うために、啓発チラシの内容に同意してくれた人には、地元のスーパーの割引券が手に入ることを取り入れました。このことで、効果測定が可能になる上に、家族に鍵を渡しましょうという啓発運動が推進されることになります。
そして、半年間、啓発の内容が続いた人には割引券がもう1回もらえるようにして、効果の継続性を測定しつつ、最大限啓発運動が継続できるよう工夫を盛りこみました。
ソーシャルマーケティングの重要
自治体の例から、ソーシャルマーケティングによって、社会にとって良いことがより健全なフォーマットで普及していくことが分かりました。
ユーザーの自由意思を尊重しつつ、提案側も立場を明確にして積極的にマーケティングを行う手法が、ナッジよりも健全で強い方法であることが示されています。
ソーシャルマーケティングは、近い未来に重要な概念となると考えられます。
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著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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