ロシア国債、支払い不履行認定。事実上のデフォルト
2022年6月1日、世界の大手金融機関でつくるクレジット・デリバティブ決定委員会は、ロシア国債が「支払い不履行」にあたると認定しました。これが意味するのは、世界の金融機関からは、ロシア国家財政が”デフォルト”状態にあると見なされたということです。
この「デフォルト」という状態は、果たしてどういう状態なのか。何となく悪い状態だということは皆さん理解していても、ちゃんと説明することは、難しいはずです。そこで本記事では、まず1)デフォルトとは何か の説明から始め、今回、2)ロシアがなぜデフォルトとみなされてしまったのか、そして、3)今後ロシアに何が起こるのか を説明したいと思います。
支払い不履行とデフォルト
まずは、今回のキーワードとなる「支払い不履行」と「デフォルト」ですが、それぞれ「支払い不履行とは、事実として支払いが行われなかったこと」、「デフォルトとは、支払う能力がない状態であること」を意味します。事実と、そこから推定される能力(状態)という違いがあるのです。
支払い不履行
法律上負っている支払い義務を果たさないこと。
デフォルト
古いフランス語でDe(強調表現)fault(不実行)。「まさしく不実行状態である」ことを意味する。金融界隈では、その対象の支払い能力がないことを意味する言葉。
なお、アプリや電子機器のデフォルトも語源は同じで、「未だ不実行状態である」ということで、出荷時の初期状態を意味しています。もちろん、こちらのデフォルトには悪い意味はありません。
今回のロシアが世界の金融機関から受けた認定は「支払い不履行」です。ロシアは戦争開始後から、急速に経済状態を悪化させました。戦争という行為は、1日に1兆円以上といわれる富が消費される行為です。戦争が長引くにつれ、ロシア政府からは富が急速に失われ、そこに貸し付けている金融機関はロシアの支払いに不安を覚えたのです。
実際、2022年4月に支払われる予定であったドル建ての国債支払いは1か月延期され、そして同5月になって、利息分なしでの支払いが行われました。こうした状況を踏まえ、世界の金融機関は「支払い不履行状態である」と認定したのです。
この認定がただちにデフォルトを意味するわけではありません。「支払っていない」という事実を認定したのみで、「支払い能力があるか」を断定はできないからです。しかし、国際金融界では、ロシア国家財政は事実上のデフォルト状態にある、と、明言はしないまでも認めている状況にあります。
ロシア国家の支払い不履行はなぜ起こったのか
では、なぜロシアは支払い不履行状態に陥ってしまったのでしょうか。その理由は、この国債が「ドル払いが義務付けられていたから」です。
自国通貨建ての国債は発行可能である
現状でもロシアは依然、「自国通貨建ての国債」は発行可能です。実はひとくくりに「国債」とされますが、自国通貨建てか、外国通貨建てかによって、その性質は大きく違います。
自国通貨ならば、いざとなれば、国内を流通している自国通貨から回収すればよいのです。要するに増税をすれば、支払い能力に充てられます。また、中央銀行が、通貨を刷りまくれば、一応何とかなります。中央銀行に対して自国通貨建て国債を渡し、その代わりに通貨を手に入れることができるのです。
日本の国債発行残高も1000兆円と、金額だけ見ればいつデフォルトしてもおかしくないはずなのに、日本では全くそうした話が出ないのは、まさに日本では自国通貨建てで、国内金融機関や日銀が国債を保有しているからです。(この点はまた別の重要議論となるので、後日解説します)
ともかくも、ロシアも「戦争で国家存亡の危機だ!立てよ国民!力を結集せよ!」と国内に呼びかけ、国債の引き受けや増税を受け入れてもらえれば、自国通貨での支払い能力はまだあるわけです。
外貨建て国債の返済のためには、外貨準備がいる
今回ロシアが支払い不履行に陥ったのは、外貨建て国債についてです。
直接の原因は、海外の金融機関による金融制裁のためです。ロシア政府やロシア企業が米ドルをはじめとする外貨での取引を行うことが、開戦早々、制裁として禁じられました。ですので、ロシア政府の支払い能力の有無にかかわらず、今回のドル建て決済は不可能だったのです。その意味では、今回の件は、制裁が効いてデフォルトになりました、という象徴的な意味しか持ちません。
しかし同時に、世界の金融機関は、ロシア政府は支払い能力ももう無いのだろうともみています。繰り返しますが現代の戦争は信じられない勢いで国内の富を消費します。国民経済も疲弊しますし、通貨も不安定になります。戦争が長期化すれば、早晩、ロシアはデフォルトに陥るというのが共通した見解だったのです。
これからロシアに、何が起こるか
継戦能力の著しい低下
戦争を継続する力を、継戦能力といいます。軍事力、というとミサイルをいくつ持っていて、兵士が何人いて…というものかと皆さん思われるかもしれませんが、継戦能力というのは、ほぼ、その国の経済力とイコールです。
前線に、攻撃能力と、人員と、カロリーを送り続け、それを可能ならしめるために企業が利潤活動を行い続け、お金を回す。デフォルトに陥ったということは、海外からの資金調達が不可能になったことを意味します。前線で消費し続けられる富を、国内の閉ざされた経済システムのなかで回復させ続けなければ、戦争を継続することはできません。
この意味で、金融制裁は、端的に対象国の継戦能力を奪っていくのです。
デフォルトがもたらす影響①国際的資金調達が困難になり、戦争の継続が難しくなる
国内経済の疲弊
デフォルトがもたらす影響②インフレの加速による国民経済の疲弊
デフォルトは、ロシア国民の経済的困窮にも、残念ながらつながります。戦争を継続するために、政府は今後、自国通貨建ての国債や、増税で、資金調達することになります。
一方、戦争で物資が消耗されていくわけですから、国内ではこれまで同様の生産活動を続けていても、モノは不足していくようになります。輸出入も停滞していますから、物資の不足はさらに加速するでしょう。
国債発行等によって国内には自国通貨ルーブルがあふれ、一方で物資は減っていく…となれば、物価水準は上昇を続けるのみです。実はロシアでは、戦争前の物価水準(2022年2月の9.15)から、わずかに2か月で倍にインフレしています(2022年4月は17.83)。2021年内の戦争準備中ですら1.5倍に上昇しています(2021年5月は6.02)。戦争という行為が、いかに物資を必要とし、物資を消耗するかが、ここからも解るのではないでしょうか。
ともあれ、モノは減り、価格は今後も急騰します。そんな中で、企業の売上は伸びず、従って給料も同じようには伸びないのだとすれば、国民生活は著しい貧困に向かっていくことになります。
デフォルトは国家体制の危機
ロシアは、世界的にも(残念ながら)非常に珍しい、これで3度目となるデフォルトを経験した国です。
最初のデフォルトは1918年。ロシア革命が成ったのち、帝政ロシアの莫大な負債に対してでした。
次のデフォルトは1998年。ソ連崩壊からロシア連邦が国としての形を成していくなかでの混乱期でした。
過去2回のデフォルトは、いずれも国家体制の大変革期に起こっています。
今回のデフォルトも、同じくロシアとしての国家体制の危機が、顕在化しているのかもしれません。今後、ウクライナ情勢も、ロシア国内体制も、どう転ぶとも非常に危うい情勢にいます。成り行きをよく注視し、世界にとってのベストの選択をこそ、私たちは探していかねばならないでしょう。
(APS学長・中川功一)
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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