PEST分析とは何か
PEST分析は、マーケティングおよび経営戦略論の概念で、会社が置かれているマクロ情勢(大局的な情勢)の現在、そして今後がどうなるかを把握するための分析手法で、マーケティング研究の大家のフィリップ・コトラーが提唱した手法です。
PESTとは、Political(政治)、Economic(経済)、Social(社会)、Technological(技術)の頭文字をとったもので、ビジネス環境を俯瞰するための分析ツールです。政府の政策の変化(Political)や文化的なトレンドの出現(Social)、ChatGPTやMedjourneyなどのAIツールの登場(Technology)など、組織やマーケットに影響を与える可能性のある外部要因を特定するのに役立ちます。
例えば、プライバシー規制の強化(Political)を認識した企業は、データ保護方法を強化する方針を決定することができます。また、アップルのような有名ブランドは、環境意識の高まりを受け、持続可能性(Social)に取り組むなど、PEST分析で先手を打っているのです。試しに、あなたのビジネスのPEST要因をリストアップし、潜在的な影響と戦略を特定してみてください。
いっしょに戦略を練りましょう!
PEST分析をわかりやすく説明すると?
PEST分析は、企業が遭遇する可能性のある困難や社会の変化を明らかにし、それをマーケティングやビジネス戦略に活かすためのフレームワークです。
例えば、政府の政策変更(Political)は事業運営を変える可能性があり、経済の状態(Economic)は消費者の購買力に影響を与え、社会の動向(Social)は製品需要を形成し、技術の進歩(Technological)は企業のイノベーションや適応力を試すことがあります。PEST分析を成功させるには、業界特有のトレンド、競合他社、顧客の視点なども考慮する必要があります。
それでは、これを自分たちのビジネスにどう生かすか考えてみましょう。まず、PEST要素が自分たちの組織にどのように影響を与える可能性があるかを洗い出しましょう。次に、可能性あるチャンスを活用し、リスクを減らすための戦略を共に考えてみましょう。
※PEST分析が戦略的な決断に役立つことは、私の実体験はもちろん、一部の研究(Gupta, 2013)で確認されています。
PEST分析の2つの目的
①大局観を得るために使う
PEST分析は、企業の外部を分析する手法のひとつに位置付けられます。ただし、マーケティングや経営戦略論には、もっと直接的に、自社が置かれている競争環境や、顧客動向を分析する手法が存在しています(3C分析、STP、5要因分析、ポジショニング分析など)。その意味では、PEST分析は、即効性のある市場戦略を立てたり、競合対策をするのには向きません。
政治、経済、社会、技術(PEST)の各側面を含まれているとおり、PEST分析が生きるのは、もう少し大きな視座で、産業の行く末、自社の今後の在り方を考える場合です。
たとえば、政治的なポリシー変動によってサプライチェーンが乱れる可能性やTechnologyとしてはAIベースでのデジタルトランスフォーメーションが進んでいくので、この2-3年でAI対応をしなければならない…というようなレベル感での思考に生きるのです。
②行く末を考えるために使う
ここまでの議論の端々にも出てきていますが、PEST分析は「今、どうなっているのか」を分析するうえでは、さほど効果を発揮しません。「ふーん、確かにそうだな」と感じるだけです。
より大切なことは、「これから、P、E、S、Tがどう変化するか」という視座から、将来に備えることです。「今後の円安を踏まえると…」とか「社会がよりコト消費に向かうと…」とか「AIの活用がもっと積極的になったならば…」というように、社会の変化をとらえるために、用いるのです。
将来戦略の基礎となる脅威と機会の両方が明らかになることで、潜在的な脅威を成長の機会に変えることができるのです。
PEST分析を構成する4つの要素
Politics
政治的状況。自社および自社が所属する産業に対して、政策・法律がどう変わるか、また(国際)政治情勢がどう作用するかを考えます。例えば、政府の政策はもちろん、政治的安定性や不安定性、対外貿易政策、税制、労働法、環境法、貿易制限などが含まれることがあります。
- 政治の安定
→日本は政治的安定性で有名ですが、立地する国(ビジネスそのものや物流)によっては政情不安なども重要な要素となります。 - 国際関係
→日本と他国、特に中国や韓国などの隣国との関係は、外交政策や貿易に直接影響を与えます。これらの国との関係はビジネスに影響を及ぼすため、注視が必要です。 - 貿易協定
→環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)などの国際貿易協定への日本の参加は、市場アクセスや関税に影響を与えます。 - 規制と規制緩和
→各業界における規制や規制緩和に関する日本の政策は、ビジネスの運営に直接影響を与えます。これらの政策は、新たなビジネスチャンスを生み出したり、逆にビジネスの制限を引き起こす可能性があります。 - 税制政策
- 労働法
- 環境政策
- エネルギー政策
- 金融政策
- 対外直接投資政策
- 政府の支出政策
- データ保護法
- 移民政策(労働ビザ含む)
- デジタル変革の取り組み:
- 防衛政策
- 医療政策
- 少子化など人口動態に対する政策
- 災害対策の政策
- パンデミック対策(COVID-19など)
Economy
経済的状況。自社および自社が所属する産業について、景気の動向や、顧客の所得の状況、消費の性向などがどう変わってくるかを分析します。国内経済と、グローバル経済という視座も大切です。
Society
社会的状況。社会・文化情勢がどう変わるか。特に自社・自産業をめぐって、社会の見方がどう作用するかを考えます。
Technology
技術的状況。自社・自産業に関連する技術がどう変化していくかを分析します。
テンプレートを置いておきますので、ぜひご活用ください!
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実例:ライザップ
実際に、マクロ環境の変化を見越して、上手な事業をデザインして成功した会社があります。2か月で50万円というプライシングを特徴とする、パーソナルトレーニングの「ライザップ」です。
同社はもともと健康食品を扱っていた会社でしたが、00年代半ばに立ち上げられたライザップ事業が時代の機運をうまくとらえ、急成長を遂げることができました。完璧に狙いすましたわけではないでしょうが、時代の変化をよく捉えたビジネスだったということができます。
第一には、政治情勢。当時、健康保険料の個人負担額の増大が話題となっており、国民の健康への意識が高まっておりました。当時のテレビ番組でも健康関連の番組が増えており、「国民の健康への意識が高まる」ことが予想されたのです。
第2には、経済情勢。当時、格差社会という言葉がキーワードとなっておりましたが、ヒルズ族なども登場しており、「莫大なお金を持っている人も増える」と想定されたのです。
第3に、社会情勢。これは驚くべき社会の変化ですが、日本では今や、誰もが見た目を気にするようになりました。見た目が美しいことで経済的・社会的に優遇されます。(昭和生まれの方は昔を思い出してほしいのです。今ほどには、見た目重視ではありませんでしたよね。)「美しさにいっそう価値が置かれる」社会が到来しようとしていたのです。
最後に技術情勢。コンピュータや通信が広く国民に行き渡るなかで、人々はどういう体験に価値を置くようになったか。「人が行う、アナログなサービスに、より高い価値を感じる」ようになりました。
これらのマクロ情勢の変化を踏まえれば、「富裕層向けに、美しさを、アナログなトレーニングサービスとして提供する」というビジネスモデルは、まさに時代の変化を上手にとらえていたサービスだったと言えるでしょう。
ライザップ 2か月50万円の超高級サービスが成功した理由
■ライザップの成功はまさに大きな社会変動をとらえたものだったと言えます。ライザップが躍進した2000年代は、健康保険料の増大など、政府が健康分野について自己責任の割合を高めた時期でした(Politics)。他方で、アイドルが全盛となり、kawaiiなどの言葉も生まれるなど、外観的魅力に興味関心が向くようになり(Society)、国民全体が美容・健康に意識が高まった時代でした。
■他方で、経済情勢をみると、格差社会がキーワードとなるなど、経済力に大きな差が生じるようになり始めました。それはつまり、国民の中に一定割合は莫大な所得をもつ人が顕れているということでもありました(Economy)。
■インターネットの時代となり、人々はオンラインで何でも無料で楽しむようになりました。そんな中で、人が情緒的・肉体的に行うサービスがむしろ価値の高いものとなったのです(Technology)。こうした時代背景からすれば、パーソナルトレーニングで美容にコミットするライザップの成功は、ある意味必然であったともいえます。
変化のシグナルとノイズを区別する
情報が、変化の「シグナル」なのか「ノイズ」なのかに、気をつけることです。一過性のブーム「ノイズ」に乗っかってしまっては、成功は長続きしません。大きな変化がそこに見える「シグナル」をこそ捉えるべきです。
シグナルかノイズかは、「今、起こっていること」だけではなく「過去から現在まで、起こってきたこと」の中で捉えることで、区別がつくとされています。例えば「ダイバーシティ」はシグナルでしょう。20世紀を通じて、平等化がずっと進められてきましたから、これは大きなトレンドだとみることができるわけです。
DXも「シグナル」でしょう。情報技術の進展と、それによる人々の行動変容はずっと起こり続けています。
一方、「メタバース」や「仮想通貨」などは、まだ社会がそちらに進むという明確なシグナルは出ていません。十分に情勢の変化に気をつけ、ウォッチしていなければいけませんが、歴史的な文脈の中で見ても、明確にそちらに進むとする根拠に欠けています。(それでも、社会の変化にはよく注意をしておくべきですし、先んじておくことも戦略ですが。)
まとめ
PEST分析は、経営者の視座、大局観を得るうえではとても有意義なものです。大きく時代がどう変わろうとしているのかを知り、それに先んじることができれば、会社をより繁栄させることができるでしょう。
一方で、「自社の未来を構想する」という目的なしに、なんとなく現状分析したり、未来予測をしただけでは、真価を発揮しない手法だということには注意すべきです。正しく使う=自社の未来を構想するためにこそ、PEST分析を活用してください。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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