中川先生のやさしいビジネス研究、特別講義シリーズ「人的資本経営」では、産学官それぞれから日本の第一人者の方々をお招きし、人的資本経営に関する現状や重要なキーワードについてお話を伺っていく予定です。
働き方改革について鋭い意見を展開している、同志社大学の太田肇先生、本日もどうぞよろしくお願いいたします。
太田先生、どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
今日は、どのおようなお話を伺わせていただけるのでしょうか?
今日はビジネス界で最近よく言われている「ジョブ型雇用」について、日本でそれがどれだけうまく取り入れられるのか、ということについて考えてみたいと思います。
日本企業や日本社会の固有性、そういった特徴を調査してきた太田先生ならではの、このジョブ型雇用に対する見解や、どう進めていくべきか、ぜひその辺りを伺わせていただきたいと思います。
それでは、お話を進めさせていただきます。
この記事は、「ジョブ型雇用とは何か。日本で普及するか。」同志社大・太田肇先生第3回!【新シリーズ人的資本経営3】を元にした人的資本経営と日本の組織変革に関する記事です。
「メンバーシップ型」雇用の限界
ジョブ型雇用が果たして日本の企業や社会に根付くのかどうか、そして他に選択肢がないのかということについて、私の見方や考え方についてお話ししたいと思います。昨今、日本の雇用制度に対する見直しの機運が高まっています。田口平一郎先生がかつてメンバーシップ型とジョブ型という言葉を使われるようになり、最近はこの言葉がマスコミなどでもしばしば使われるようになりました。
日本の従来の働き方は、メンバーシップ型と言われるもので、企業や社会のメンバーとしての地位を得て、その中で働くという仕組みです。それをメンバーシップ型雇用と言います。それに対して、ジョブ型雇用とは、会社の中の一つの職務を特定の人と契約するという関係です。従来の日本型の雇用システムは、メンバーシップ型と言い続けられています。
このメンバーシップ型が近年、日本の現状や環境に合わなくなってきたということで、見直しの機運が高まってきたわけです。その象徴的なのがコロナ禍で広がったテレワークです。2020年の春にテレワークを導入する企業が一気に増えたものの、実際に導入しようとすると大きな壁にぶつかる。その中で特によく言われたのが、「目の前に部下がいないとどのように管理していいか分からない」とか「テレワークでみんなバラバラなところに分かれて仕事をしていると仕事が成り立たない」などです。
つまり、従来の日本の企業は、みんなで一緒になって一緒に集まって仕事をするのが当たり前だったわけです。それが一緒に集まってはいけないと言われるようになって、どのように仕事をしていいか分からなくなってきたというわけです。これが一つの要因です。
そして、近年特に年功序列制度において、年齢とともに賃金や地位が上がる仕組みの限界が強く指摘されるようになりました。特に年功序列だと、仕事の
能力に関係なく給料が上がっていくため、賃金コストが高くなるという問題があります。また、若い人が力があってもなかなか高い地位につけなかったり、報酬がもらえなかったりすることで、やる気が削がれたり、優秀な人材が獲得できなかったりする問題もあります。
さらに、メンバーシップ型の下では、イノベーションが起きにくいとされています。メンバーシップ型では、みんなが一つの会社や組織の中の仲間であるため、その中で突出した行動を取ろうとすると、周りから妬まれたり足を引っ張られたりすることがあります。いわゆる「出る杭は打たれる」という構造があるので、なかなかイノベーションが起きにくいと言われています。それが企業の成長や発展を妨げていると考えられています。
こうした背景があって、日本でもメンバーシップ型から欧米のようなジョブ型雇用に変革すべきだという声がだんだんと高まってきました。
「ジョブ型」雇用の壁
実際にジョブ型雇用を日本の企業に導入しようとすると、いくつかの大きな壁にぶつかります。
1つ目は雇用保障
ジョブ型の雇用というのは、基本的に職務で契約するわけですので、その仕事がなくなれば、その人の居場所がなくなる場合があるわけです。欧米、特にアメリカなどでは、仕事がなくなったら解雇というのは普通に行われますが、日本は手厚い雇用保障があって、そう簡単に解雇することはできません。でも、職務がなくなったのであれば、その人の働く場所がなくなってくるわけですね。確かに一部の超巨大企業であれば、関連会社の中でその職務を移りながらその職務を続けていくということも可能かもしれませんが、多くの会社にとってそうではありません。ですから、雇用保障とジョブを継続していくということと、どう両立するかという問題があります。
2つ目は定期昇給の壁
ジョブ型雇用の下では、ジョブの種類とグレードによって報酬や給料が決まります。つまり、能力が上がらなければ、いくらその会社に長くいても、年齢が高くても給料は上がらないようですね。しかし、日本には伝統的に定期昇給という制度があって、給料というものは毎年上がっていくものだと期待されています。果たしてそのような社会でジョブ型が受け入れられるかどうかという問題があります。
3つ目は若手育成の壁
アメリカなどのようなジョブ型の社会では、ジョブを与えるとき、つまり会社と契約するときに、この職務をこなす能力があるということで契約します。しかし、日本のように新卒でいきなり採用した社員は、当然ながら職務をこなす能力はありません。それを長い年月をかけて育てていったのが日本の企業です。そこで、仮にジョブ型を採用するとしたら、一人前になるまで、誰がどこで育成するかという問題が生じます。
4つ目は平等主義の壁
4つ目に、日本の企業の中では、いわゆる平等主義が風土として残っています。労働組合も企業別組合ですので、社員の平等ということを重視します。しかし、ジョブ型の下では職種によって給料に差が出てきます。また、ジョブのグレードによって能力によって、当然ながら一人一人給料に差がつきます。これを果たして、日本の社会や日本の労働組合が受け入れられるかどうかという問題があります。それだけではありません。そもそもジョブ型というのは、日本の現在の経営環境に適合しているかどうかという問題です。ジョブ型というのは新しい概念のように思われるかもしれませんが、実はメンバーシップ型よりもむしろ古いところがあり、産業革命後の欧米において形成されたものです。確立されたものですね。つまり、その時代というのは環境の変化はそれほど激しくありません。そして、商品の大量生産のシステムだったわけです。そのような安定した時代においては、企業全体の事業があって、それを事業部、部、課、個人というふうにブレイクダウンして、個人のジョブが決まるというのは環境に合っていたわけです。ところが、当時と比べて現在は環境の変化が著しく激しく、そして目まぐるしく変わるようになってきています。そのような環境の中で、その時々の環境に合わせて一人一人のジョブを割り当て、そして契約していくということは、これはあまり現実的ではありません。そう考えると、ジョブ型というのは本質的に今の時代にどれだけ合っているのかということを考え直してみる必要もあるのではないかと思います。
なるほど、ジョブ型が日本の文脈にはまりにくいというだけでなく、現代の社会情勢を考慮すると、本当にジョブ型で組織が機能するのかという根本的な疑問があるわけですね。
そうですね。確かに短期的には、ジョブ型は今のグローバル化の時代に適応しやすく、事業の変化にもそれに合った人を採用すればいいので、適応しやすいように思われます。しかし、もう少し視野を広げて長期的に見ると、果たしてこれがどれだけ最適なのかということを再考する必要があると思います。
なるほど。そうすると、ジョブ型をそのまま受け入れるのも必ずしも正しいとは言えないわけですね。では、太田先生として、私たちの産業社会はどう進んでいくべきだとお考えでしょうか?
客観的に言って、確かにジョブ型が適合する領域や職種、業種、あるいは年齢層などはあると思います。しかし、これを全体にすべてジョブ型に変えていくのは非現実的だと思います。そこで、ジョブ型が合うところにはジョブ型を適用し、メンバーシップ型が適するところには残すことが良いでしょう。さらに、私はもう一つの選択肢があると考えています。それが私が自営型と呼んでいるものです。
自営型という言葉ですね。こちらは何か、どちらかの著作などで勉強させていただくことができるのでしょうか?
私がこれまで書いた本の中で、例えばこれらの参考文献に挙げているものの中に述べています。
太田肇 『「超」働き方改革』ちくま新書、2020年。
太田肇 「リモートワークは日本人の働き方をどう変えるか──ジョブ型と、もう1つの選択肢」『三田評論』慶應義塾、2023.2
濱口桂一郎 『新しい労働社会――雇用システムの再構築へ』岩波新書、2009年。
このあたりぜひ皆さん興味を持たれましたら ご覧いただけばと思います。太田先生ではぜひこの自営型とはどういうものなのか 話を伺わせていただきたいと存じます。
新たな選択肢としての「自営型」
今から20年、30年ほど前、中国や台湾の企業を調査していると、自営業なのか企業で雇用されている人なのか分からないような人がたくさんいました。そして、その境界が曖昧でした。当時は、まだきちんとした組織ができていないからだろうと言われていましたが、今になってみると、ある意味、時代の先端を行っているような感じがします。今、中国や台湾などに行ってみると、これを発展させたような働き方がいろいろ見られます。また、シリコンバレーなどに行くと、まさにこのような自営型が活躍している姿が見られます。
例えば、台湾などに行くと、企業の中での一人の従業員があるビジネスを丸々受け持っていて、そのビジネスが大きくなったら自分でビジネスを持って独立するといったようなことが普通に行われています。そして、独立したからといってもう会社と縁が切れるわけではなく、会社のパートナーとして仕事を一緒にやっていくというスタイルが広がっています。ですから、どこからどこまでがその会社の境界かということは見えないような姿が今広がっているわけです。これはもちろん台湾だけではなく、他の国でも広がっており、特にインターネットが普及してからは、国をまたいでネットワークを広げ、自営業の集団としてチームを組んで一つのプロジェクトを遂行したり、製品を開発したりするような姿が見られます。
では、国内はどうでしょうか。国内でも、ある種自営業的な働き方が広がっているというところに私は注目しています。例えば、ある製品を開発する技術者が開発から製造、そしてマーケティングまで責任を持つとか、建設メーカーなどでも工事の進捗状況を一人がずっとフォローしていくといったような姿があります。また、出版社などでも、編集者と営業を一人の人がやっているといったケースが増えています。いろいろな業種で、こうしたスタイルが増えてきています。
製造現場では、かつて「一人生産システム」や「一人屋台」というものがありました。これもITの普及によって、さらなる発展を遂げていわゆるIoT(インターネットオブシングス)を取り入れた制度だとか、センサーを使ったシステムなどが広がっています。様々な形態の働き方が増えていっています。
つまり、ITやAIの進化によって、それらを活用することで従来は数人のあるいはそれ以上の組織や集団で行っていた仕事が、一人一人が独立して行うことができるようになってきています。周辺部分はそれらに任せれば良いし、得意な人に任せれば良いということで、組織そのものは今までよりも大きく緊密なものができているものの、一人一人の働き方は自営業に近いという動きが今、浸透しているという風に私は捉えています。
太田先生、少しここで質問があるのですが、この自営型というのはビジネスとして売り上げや費用の構造で完結しているというのとはちょっと違うわけですよね?仕事として自分として切りのいい形で完結している形で、会社の中にいながらあたかも受け売りのように働いている、そういう感じでしょうか?
そうですね、いろいろなバリエーションがあると思います。報酬も自営業のように成果に応じてでき高払いのように獲得できるような場合もありますし、そうではなくて報酬は今までとそんなに変わらないけど働き方は自営業に近いような場合もあります。そういう意味でかなり柔軟に運用できるというところが日本の企業にとっては魅力ではないかなと思います。
実際、弊社も業務委託の方で多く回している部分があるわけなんですけれども、新しい時代はこうだとして、プロパーとして雇用をして時間を買わせていただいてメンバーシップとしてやるという形、あるいはジョブを委ねるという形もありますけれども、その人で仕事が完結して、その人が自分として独立して働いているという構造というのは、すごく末端レベルがかなり広がってきているような印象を持ちます。
そうですね。特にプロフェッショナルと言われるような人だとか、高いスキルを持った人の中には、組織の中で制度のしがらみがあるために、そこで働きたくないと、自由に働きたいという人が多いわけですね。ただ、かつてはそれをしようと思うとやはり情報だとか、設備だとか、こういったものが使えないというので、やむを得ず組織に属していた人が今はもう独立しても問題なく仕事ができるということで、一層その流れが加速しているように思います。
ちょっと耳が痛いような話でもあるわけですが、今の太田先生のお話を聞いて、皆さんもなるほど、そういう生き方もあるなと感じた方もきっと多くいらっしゃるのではないでしょうか。というわけで、太田先生、今日もどうもありがとうございます。
ありがとうございました。
優しいビジネススクール主催の特別セミナーシリーズ「人的資本権の最前線」では、大田肇先生による完全無料の特別講演が、2023年5月11日20時から開講となります。
皆さんが大田先生の話に感銘を受けたならば、ぜひ太田先生からもっと学んでいただきたく、お集まりいただけたらと存じます。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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同志社大学 政策学部 教授。(同 大学院総合政策科学研究科教授)、経済学博士。
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京都大学経済学博士、神戸大学経営学修士。
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