イノベーションマネジメント第4のテーマとしまして、「アイディア創出」というお話をしていきたいなと思います。そして今回は、全体の中でも非常に大切なお話の一つである製品やサービスのデザインという話をします。
この製品をデザインするっていうのは、文系職の人からしても、理系職の人からしても、自分でデザインなんてやったことないよっていうので、この一連のイノベーションの能力の中でも一番脇に追いやられがち。自分はそんなのできない、それデザイナーさんの仕事でしょ。そういうふうに捉えがちな仕事なんですけども、違うんです。イノベーションを志す人には絶対に必要な力だし、実は皆さんちょっと要点を押さえてそして少し訓練をすればできるようになっていく、後天的に練習で身につけられるものなんですね。
そんなわけで今日はこの製品やサービスのデザインということを皆さんにお伝えしたいと思います。
イノベーションの4つのステップの復習
この話、全体のどういうフローにあるかをもう1回確認しておきたいと思います。イノベーションには、大きな四つのステップがあります。機会を発見し、そこからぐっと一つのアイディアに結晶させて、そしてそれを実際に開発していき、事業として世に出していく。そんな四つのフェーズからイノベーション活動が成り立っているということは、これまでに皆さんにお伝えしてきた通りです。そしてまた、この四つのフェーズは行ったり来たりするってことも皆さんにお伝えしてきました。
今日の話は、このうちの第2ステップとなってくる「アイディア創出」というお話です。このアイディア創出という話における中核になってくるスキルっていうのが、デザインなんですよ。私とて、デザインの専門家じゃないです。私は学者だし、イノベーションマネジメントを統計的に検証する、そんなような仕事をしている人間なんですけども、でも私はデザインの善し悪しを知ってるし、皆さんにデザインのことをお話できる。なぜか?実は、ポイントを一つだけ、押さえればいいんです。
イノベーションにおけるデザインとは
デザインっていうのは、美しい美観を整える。綺麗なものを作る、じゃないんだっていうことなんですね。ここで皆さんが注目すべきポイントは、デザインとアートというのは違うんだっていうことなんです。
椅子を作ってくれと言われたとしましょう。このとき、デザインとしてのアプローチと、アートとしてのアプローチは違うんです。デザインっていうのは、クライアントの求めているものを作ること。もうちょっと大きな意味で言えば、人々の課題を解決することなんですね。人々はこういうのを欲しいというのをおぼろげに思っていて、それってこういう形でしょ、欲しいと思っているものを形にしてあげるのがデザインという仕事。
これに対して、アートという考え方は、逆なんです。アートっていうのは、人々の課題を解決するのではなくて、起点が「自分」にある。自分はこの物事をこういうふうに捉えて、こういうふうに表現したいと思います。自己を表現する方法であって、それはすなわち、世の中から何を言われようとも私はこの物事をこういうふうに考えるんだという提案をする行動なんです。
アートは、社会のニーズや社会の課題から自由にしてあげるということを通じて、課題の解決を図る。課題へのアプローチが違うわけです。デザインもアートも、基本の精神は同じく、社会を良くしよう、世の中に新しいものを生み出して世の中に新しい価値を届けようということなんですが、デザインは課題を正面からとらえて、それをスマートに解決する。一方アートは、世の中の課題から自由になるためには、こういう提案、こういう考え方もありなんじゃないかということで提案をする。世の中に問い、また同時に自分なりの答えを出すということになるわけです。
ですからクライアントから椅子を作ってくれと言われても、そのクライアントのニーズを聞いて「これだよね」「人々が欲しいもの、お客さんが欲しいものはこれでしょう」という形で、ニーズに素直に応えていくのがデザイン。それに対して、「椅子っていうのは別にこういう形じゃなければいけない、そういうことはないはずだ」「椅子が球体でもいいはずだし、椅子を通じてこういうことができてもいいはずだ」と表現し提案する、球体、バランスボールみたいなもんでもいいんじゃないのか、それがアートだったりするわけです。
というわけで、私が言いたいことはですね、デザインをするというのは、美しいものを描く、美しい形を作る、ではないんだということです。もちろんお客さんが美しいものの方が心地いいと思って、美しいものを欲しいと思ったとしたならば「デザインとして」美しさを製品に組み込むんです。美しさも機能の一つだっていうのが、デザインの考え方。
ですから、あなたがアートのセンスが全くないとしても、心配ありません。デザインは、できる。特に、デザインの評価は、できる。お客さんが必要とされてるものを素直に形に埋め込んでいく、それがデザインの第一歩です。
そしてより大切なことは、デザインもアートも結局訓練の賜物なんです。パブロ・ピカソだっていきなり絵画が書けたわけじゃなくて、幼少期からのものすごい努力の積み重ねで、スッゴイ絵が上手になっていって訓練を重ねて、考え考え抜いて次なるアートの表現を考えて産んでるんですよ。ゴッホにしたって、モネにしたってみんなそうなんです。
デザイナーも同様。訓練の産物でデザインはできるようになる。もし皆さんが製品やサービスのイノベーションをしたいというふうになったときには、「デザインは自分の門外漢で自分にはできない」と投げ捨てないで、お客さんが欲しいものを自分の表現手段で形にできるようにしっかり訓練する必要が絶対にあるんだということです。
デザインは世の中のニーズに答えることが重要
ともあれですよ。強調しますが、製品、サービスの良し悪し、良いデザインだっていうのは、世の中のニーズをどれだけ満たせたのかということにその一点に尽きるわけです。課題を解決していないデザインというのは語義矛盾なんですね。なので、この社会課題をとにかくそこを起点にして、素直にそれを解決する形をどういうふうにしていくのか、これが規定になってくるわけです。
これがそんなわけでデザインの学びの第一歩ですね。デザイン思考と呼ばれるものが、どんな流派があってもまず強調するのはこれなんです。社会ニーズをとにかくよく理解しましょう。世の中の人が求めているものをクライアントさんが求めてるものはよくよく咀嚼して何が求められているのかを考える。
そしてその後で、それを素直に形にしてみる。ニーズをしっかり理解しそれを明文化して何が求められているのかってことをしっかり自分なりに把握した上で、それを形に落とし込む。この順番を守ってる限りにおいて、あなたは良いデザインがだんだん生み出せるようになってきます。
「かたちにすること」
なんでここで形にしないといけないのか。私がどうしてイノベーターはみんなデザインすべきなのかと言ってるかというと、そこには、いろんなメリットがあるからなのです。
形にすることをデザイン思考では、ビジュアライゼーションという。日本では「見える化」という表現がありますね。形にして、理解可能にする。これはとても大切なことです。
第1には、形にすることで、そのアイディアが良いのか悪いのか初めて比較可能になるんです。文章のレポートだけいくら読んでも、いい商品なのかとか全然わからない。形にすると、いいものなのか悪いものなのか、即座にわかる。また、どこがいいのか、どこが悪いのかがわかる。
それは別の言い方をすれば、ニーズだけで話すよりも議論しやすいということ。こういう世の中のニーズがあるんだ、こういう世の中のニーズがあるんだ。じゃあお金出してくれ、では難しいですよね。
でも、こういうニーズに応えるこういう商品を作った。この商品に投資できますか?できませんか?だったら議論しやすいですね。ニーズではなくて、答えで話をすべきなんです。従ってこの答えの案であれば、いろんな人が議論ができるので議論が活性化しやすく、さらにその商品を見ると自然にどういうビジネスになるかビジネスのアイディアも浮かんできやすいというわけで、イノベーションそのもの、問題解決そのものを推進する力も非常に強くなります。
次に、チームやプロジェクトの勢いを付けるチームワークを良くする上でも効果があります。物事を前に進めやすいんです。ニーズのところで悩んでいる、文章情報だけで悩んでいる、データを前にして悩んでる。そんなことに悩む前に、形を作ってしまえば、話は先のステージに進められる。その形、何がいいのか何が悪いのか、自然に物事が前に進んでいくんです。物事を前に進める推進力を持たせるという意味でも、形にすることは意味があります。そして何より楽しい。学生でゼミ活動をしている中では、ニーズで悩まずに、とにかくプロトタイプを作れ、形にしろ、ということがしょっちゅうです。だってそっちは楽しいんですもん。形を考えている議論の方が楽しい。こういう案で解決できるんじゃないか、という方が、人々の心理としても楽しくなりますね。
また活動の状況が今どういう状況なのかが見える化できるのも大きい。どういうところにまだ未解決の部分、どういうとこがまだ詰まっていないのかどんどん形にしていけば、今ならどこまでできてるのかが見えやすくなる。プロジェクトマネジメントもしやすくなるわけですね。
そして第3には、仲間を集めやすくなるという効果、これが重要なんですよ。ぱっと今の自分の支援者さんに今作ってるものを見せたら、そこまでいったかということで、その支援者さんの理解、納得もいただきやすいし、出資もしてもらいやすい、サポートもしてもらいやすい、新しい仲間が増えやすい、助言だってもらえる。ということで、パートナーさんとの関わり合い、ステークホルダーコミュニケーションという観点からしても、形にすることはメリットが大きいわけです。
もうここまで言われたら、もうやるっきゃないでしょう。イノベーションを志す人にとっては、形にできること、デザインができることは必須の力なんです。
デザインの力を身につける方法
じゃあ、どういうふうにしてそのデザインの力を身につけるのか私は訓練だというふうに言いましたけれども、この訓練なんてそんなに難しくないんです。実は、それこそ私の研究室にはですね、たくさんスケッチブックとペンがめちゃくちゃあるんですけどもそれでとにかく書くという訓練を皆にしてもらっています。
たとえば皆さんにこんな問題を出してみましょう。赤ちゃんのための歯ブラシ、歯が生えてきたとこの1-2歳児のための歯ブラシをデザインしてくださいと。
これを実際にちょっとやっていきながら皆さんに練習してもらいたいんですけども、社会ニーズをクリアにする。赤ちゃんの歯ブラシに求められているニーズって何なのかなっていうところを考えることからスタートします。
それで、ここでまず皆さんがやるべきことっていうのは、とにかく考えて考えて、赤ちゃんの歯ブラシに必要な要件をたくさん書くこと。ソフトウェアでは要件定義というやつです。
赤ちゃんの口に入るには、ヘッドは小さくないといけない、磨く部分はちっちゃくないといけない、そして重要なのはこれね、飲み込まないようにしないといけない、危険な事故が起こらないようなデザインしなきゃいけない。赤ちゃんが嫌がらずに歯磨きをしてくれるようになるように恐怖感を抑える。それどころか口に入れてみたくなるようなデザインがなお良い。アンチバクテリア。壊れない。耐久性が必要、だけども口を傷つけないように十分に柔らかい素材でもある必要がある。生産コストが安い。店頭での引きが強い。
世の中のニーズを満たそうと思ったら、ターゲットとなる赤ちゃんだけじゃなくて、その周辺にいる人の声まで、保護者さんの声も聞かなきゃいけないし、売り場の人の声や営業する人の声まで、それらも全部商品にまつわる社会ニーズなんです。
これらのことをなるべくたくさん、社会ニーズを網羅できたとしたならば、良い商品を生むためのインプットになる。ここで、もしいくつかの要素を見落としていたら、それはあなたの製品サービスの弱点になるんです。
例えば誤飲防止なんていうのを忘れて商品をデザインしてしまっていたとしたら、あなたの商品スッゴイ弱点になりますよね。うっかりそんな危険な事故を起こしてしまうような商品を作ってはいけないですし売っちゃいけない、事故防止もチェックしないといけない。あるいは店頭での引きなんていうことを忘れてデザインしてしまったら、結局売れないからあなたの商品は社会課題の解決はできません。
ですから、このニーズの洗い出しこそが本当に勝負になってくる。このフェーズで、とにかくよくお客さんの声あるいは営業の人の声、いろんな人の声を聞いて、その商品に求められてるものってのを洗い出す。で、ちょっと駄目押しをしますけども、ここまでの過程で、赤ちゃんの歯ブラシをデザインする上で、棒状である、ブラシがついてる、こういった要件ってないんですよね。そういうのは必ずしもデザイン上の必須要件ではないわけです。
なのでこのニーズに戻っていけば、形が自由になる、この効果もあるわけです。
とにかく書きまくる
そして、次のステップであることは、とにかく書きまくることです。これこそが良いデザインの要です。
どんな有名デザイナーさんも、誰よりもたくさん書いてるんです。今日の日本を代表する工業デザイナーの佐藤可士和さんという人は3週間かけてクライアントさんの求めるものを描き出すために書いて書いて書きまくるんだそうですね。誰よりも書いている重要なポイントはしかも、考えながら書いてる何が求められてるかってのをとにかく考えながら書いてある。それをたくさんやっているから良いデザインを産めるんだということです。どんな人もいきなり一発でいいデザインなんて書けないわけなんです。
ですので、私のゼミなんかでもとにかく書いてます。こんな感じです。その赤ちゃんのための歯ブラシとかお題を出されたら、そのお題に対して実際にみんなでたくさん絵を書いています。そしてこんなふうにたくさん書く中から良い形は生まれてくるとイメージできますよね。20人30人の人たちが必死に考えたら、いいデザインは出てきます。
たとえば、こんなアイディア、飲み込まないようにストッパーが付いていて、持つ部分も持ちやすいように作ってみるとか。あるいはこんなアイディアなかなか見事じゃないですか、保護者さんの手に指にスポッとはめてこれで磨いたら、赤ちゃんはお母さんお父さんの手だったら怖くないから、お口の中に入れるよねってしかもこれで、あの抗菌を徹底した手袋みたいな商品したらどうだ。口に入れたくなるようなお花みたいなデザインでパクッとしてもぐもぐもぐもぐってしていたら磨けるようなもの。こういうようなアイディアが自由にたくさん出てくる中から新しい商品ってのは生まれてくるわけです。
さて、こんなところで皆さんには今ここで世界でも非常にヒットした歯ブラシのデザインを1個、解答例としてお見せしたいと思います。
こんなデザイン。
どうでしょうか。ここまでの話を聞き、デザインとは何なのか、この商品に求められている社会ニーズを理解した皆さんからすれば、この商品が優れた商品だっていうのを、もうおわかりいただけるはずです。誤飲防止のための形がデザインされていて、お口の中に入れたい形になっていて、そしてもぐもぐもぐもぐやってるうちに磨けるようなデザインということで、なかなかどうして良いデザインなんだってことが、皆さんおわかりになられたはずです。
この動画を見始めたときにデザインの知識が全くない人でも、今やもう皆さんデザインのことが語れてデザインの良しあしわかるようになってるじゃないですか。これですよ、今日のこの講義だけで十分に皆さんデザインの入口、第一歩を踏み出せているわけです。基本を学び、そして訓練を積んでいけば、誰しもデザインってこともできるようになっていくわけなんです。
終わりに
そんなわけで、今日の話は全体の話の中でも、私のマネジメントの講義の中のいろんな科目を含めても私は個人的に一番重要な鍵の一つかもしれないなと思っています。
今日のセクション、本日の話は全部必修の内容です。これができるかできないかで、あなたのイノベーションの取り組みがうまくいくかいかないかの、その境目になるぐらい重要なお話です。
だからこそ、本当はもうちょっと短い方が読みやすいんですけれども、ちょっとこれぐらい長く書かせてもらいました。皆さんぜひ、このデザインをするということの基本を学び、そして、たくさん書いてみることを通じて、あなたなりの商品のデザインの力をどうか見つけてください。
本当にこれ、皆さんの未来を拓く力になりますので、この点しっかり見つけてもらいたいなと願っています。
著者・監修者
-
1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/経済学博士/関東学院大学 特任教授/法政大学イノベーション・マネジメント研究センター 客員研究員
詳しい講師紹介はこちら website twitter facebook youtube tiktok researchmap J-Global Amazon
専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
コメント