ドラッカー、稲盛、松下の共通解:マネジメントに求められる技能はわずかに3つ【ドラッカー27-30】
中川先生と読むドラッカーのマネジメント。ぼちぼち後半に入ってまいりましたが、今回はマネージャーに要求される技能とはどういうものなのかというお話をしたいと思います。
ここでドラッカーは非常に興味深い指摘をしてるんですけども、マネージャーになるために必要な技能、マネジメントをするために必要な技能、それはわずかに大きく分類して三つしかないんだと言ってるんです。
3つの技能について
その三つとは何なのか。これは極めて極論かもしれませんが、この三つというのは、意思決定をする技能、コミュニケーションをする技量、そして第3には管理をする技能だと。これが何を言ってるのかというと、こういうことなんですね。
マーケティングの知識、そんなものいりません。
財務の知識、それもいりません。
生産技術、技術に関する知識、いりません。
もちろん製品の技術に関する知識もいらないし、なんなら戦略とかそういった知識も何もいらんのですよと。
実際のところ、このドラッカーの『マネジメント』には、具体的なマーケティングのやり方とかは何も書いてないんです。そしてそれは、他のドラッカー本も同じ。どの本にも書いてないんです。
そしてそれはおそらくドラッカーさんご本人、コンサルタントとしていろんな企業を立て直してきた、あるいはアメリカでビジネススクールで多くの後進を育ててきたドラッカーは、マーケティングだとか、財務だとかの詳細については、実際のところ知らなかったのではないかと思うんです。(これはただの中川の推測です。)
あるいは知っていたとしても、それらは語られなかった。
これが重い事実なんですね。
稲盛和夫さんについて
これってドラッカー固有の話なのかと言えば、そうじゃない。
例えば、先日永眠された、日本を代表する経営者、稲盛和夫さん。京セラを創業し、大企業に育てたのみならず、1980年には第2電電(KDDI)を構想し、これも成功させる。NTTだけじゃ駄目だということで、日本における第2の通信会社を作り育てた。
さらには、ですね、2010年、だいぶお年を召されてから、JALの会長に就任して、このJALという会社を立て直すのにも成功された方。3社もの大企業の経営に成功した人は、たぶん日本でも他にいない。本当に日本を代表する稀有な経営者だと考えられるわけなんですけども、この稲盛さんの考え方、いろんなところで発表されていますが、そこにもマーケティングや財務なんかの話は、一度として出てこない。
トップたるもの、心を清らかに、正しい判断をし続け、まっすぐゴールを見据えて、そこに向けて人々を導いていくのみなのだ、としか彼は言わないのです。
もちろん、それ以上の知識をお持ちなのでしょうが、稲盛さんに言わせれば、そういうことは瑣末なことに過ぎない。リーダーたるもの、未来を指させ、そちらに向かってまっすぐ人々をいざなっていくのみなのだというわけです。
松下幸之助さんのエピソードについて
さらには、その稲盛和夫さんが、『生き方』という本で紹介してるんですけども、そちらに出てくる松下幸之助さんのエピソード。こちらも大変参考になります。
松下幸之助が言わんとしてるのも、ドラッカーや稲盛と同じ。松下幸之助さんが唱えた一つの経営手法の一つに、ダム式経営というのがあります。景気だとか、世の中というものはものすごい変動が激しいものなわけなんですけども、その変動をダムの形でならして平準化し、その中で働いている人々を国民生活に対して安定的に物品やお金を供給していく、そんなような役割が企業の役割なんですよ。これが企業として目指す一つの姿なんです、とこのように言ったわけですね。
ある講演会の場で松下幸之助さんがこの話をしたとき、そこに稲盛さんもおられたそうなんですけれども、他の中小企業の経営者さんからこのような質問があったと。
「実際のところどうやってダムを作れば良いんですか?」
松下幸之助の答えはこうだったそうです。
「そんな方法は私も知りまへんと、知りまへんけれども、ダムを作ろうと思わなければいけまへんなあ」。
このように答えられたんだそうですね。この回答に対して会場では失笑が漏れたそうなんですけれども、稲盛さんにはわかった。これが経営者がやるべきことだ、まさに松下幸之助というのは一流の経営者なんだということで、稲盛さんは非常に感銘を受けた。その言葉がこれだったんだそうです。
伝えようとしていること
ドラッカーが、稲盛が松下が、皆さんに伝えんとしていることが何なのかわかりますか。
マーケティングの知恵なんていらない、財務の知恵なんていらないんだ、生産管理、生産技術なんて知識もなくてもいいんだ、ということじゃないですね。
大切なことは、仲間のために正しい意思決定や判断を行い、それを仲間たちにしっかり伝達をし、それがきちんとできているかを管理する手段なのであると。
言うても私も頭では理解できるのですが、心で理解できないんで、まだまだ半人前。もし皆さんがこれを「なるほどその通りだ」と腹落ちすることができたとするならば、あなたはもうトップマネージャーの器かもしれない。稲盛和夫さんや松下幸之助さんが言わんとしていることをあなたは体得できてるのかもしれません。
トップマネージャーとして必要なこと
あなたには一切のビジネス技能はいらないのかもしれない。なんならそれは、仲間たちが全部補ってくれる。
トップマネージャーとして大切なのは、そういった人たちを集めて、その人たちをどちらに導くのか。正しいことを判断して、こちらなんだという道を示すのだということ。というわけで第1には決定ができること。
第2に。その決断や、背後にある思いが、あなたの中にだけとどまっていたのでは駄目だということ。それを仲間たちにきちんと伝え、あるべき道として示すこと。したがって、コミュニケーション技術ですね。
そして第3には、それを腹落ちした仲間たちが、実際に自分の技能を使って仕事をしていくにあたって、仲間のその活動がきちんとなされていくか、管理の仕組みを整えること。まさにこの三つができていれば、専門知識、専門技能は仲間が回してくれるんだと言ってるわけなんですね。
もちろんですよ、今日、トップマネジメントをやるうえでは、孫正義にしたって、柳井さんにしたって、専門技能を持ってます。財務の知識、ファイナンスの知識もあれば、戦略的な判断もできますし、そういった知識もあります。けれども、究極的に言えば、それらの事も全部人に任せられるんだとすれば、全てを人に任せていったときに、最後に残るマネジメントの機能というのは、結局意思決定、コミュニケーション、管理なんだというふうに考えられるわけです。
意思決定の技能について
ドラッカーは、この調子で全てを全て他人に委ねたとしても、リーダーとして、トップマネージャーとして、最後に残るのは何なのか。それを、『マネジメント』にまとめている。
順番に見ていきましょう。第1には、意思決定の技能ですね。そう、トップマネージャーとして何より大切なのは、どちらに進むべきなのか、道を示すことですねと。その上で一番大切なことは何なのか、何が問題なのか、問題設定のフレーミングをしっかりしてあげるということですね。何が今問題になっているのか、その何を問題とするのか、これがトップマネージャーの最大の技術だと、ここをかなり強調しております。
言ってもビジネスの問題というのはたくさんあるわけですけれども、今、自分がフォーカスすべき、あるいは仲間たちにフォーカスさせるべき問題は何なのか、何を問題にするのかということをきちんと定義し、その問題の構造を明らかにしていくということを、これって本当非常に高度な技能で、結局これどうやってやんのよということで言えば、それってほんとに個人として体得するしかないわけですね。
松下幸之助の言葉を借りれば「そんなことは私にもわかりません」と、あなたのビジネスの中であなたが培うしかないわけですけれども、何にせよそれを達成した先の状態をあなたは浮かべなければいけないのだと。というわけで、具体的な方策というのは本当に千差万別かもしれませんが、とにかく大切なことは、何が問題なのか、今、問題とすべきことをはっきりとさせるということが、トップマネジメントの第1の議論。
そして、それが浮かび上がってきたならば、その問題に対してどのような解決案がありうるのか、代替案を十分に出し、それぞれの案に対する見解を十分に吟味しなさいというわけです。これはドラッカーからさかのぼること30年前の1940年代には、ハーバート・サイモンという人が研究したことです(サイモンはこの研究でノーベル経済学賞を取っています)。人の意思決定の科学の基本というのは、問題を明らかにし、代替案を吟味し、そして実施しなさいと、まさに同じことを言ってるわけですね。
続いては、決断をするこの中で仲間たちにとっての最善の決断は何なのか、これをしっかり行うのだということ。決定をするというのは、単にここでディシジョンすると、イエスだというだけではなくてですね、それに付随して、どういう人員でどれくらいの予算をつけてと、これらを含めて準備を整えるということまで、がドラッカーという決定だということはお忘れなく。
そして最後には、結果を吟味し、是正措置を施すと、単に決定をして後は知らないではなくて、その結果どうなったか、まで責任を持って、起こったことに対して是正措置をとっていくと。ここまで含めてが意思決定なのだと言っております。
コミュニケーションの技能について
続いて、コミュニケーションの技能ってなんなのか、これも勘違いしがちですけど、コミュニケーションの技能というのは、一対一であなたと私で話をして、相手のことを慮ってやれてよく会話ができるというのとは違うんだということですね。
トップマネジメントとして要求されているコミュニケーションの技術というのは、まず相対している人たちが、どういう人たちなのかよく理解するということ。対象に応じた言葉と応じた手段を選ぶべきだということですね。
ここでドラッカーは、プラトンの修辞論というものを持ち出してます。プラトンは学問の祖ですけども、プラトンはその学問の一つ重要なこととして、リーダーシップとして、どうその自分の知り得たこと、考えていることを伝えられるのか、これをすごく重視していたんですね。
なので修辞論といっても、些末なものじゃなくて、実はプラトンの学問の体系の中では、最も重要なものの一つに位置づけられている。すなわち、これはプラトンのリーダーシップ論なんですけれども、大工と話すときには大工の言葉を使いなさい、これがプラントの教えなわけです。
相手に合わせた言葉を使ってあげなければ、相手が理解できない、相手のこの心、相手の知というものに働きかけなければ、結局人類は良き方向に向かっていけないのだとしたら、知を広めるものを、すなわち、人々にリーダーシップを取るものは、相手にわかるように伝えることが大切です。この対象に応じた言葉遣いを選択すること、説得の仕方を選択するということ。
また、10人に話すときあなたはどうやって話します?
100人に話すときはどうやって話します?
1000人だったらどうか?
あるいは例えばソニーさんみたいな大きい会社で世界中に拠点があって万人を抱えているとしたら、あなたはどういうコミュニケーションをしますか?
手段も大切ですねと。世界に10数万人の被雇用者がおられると、そういうような会社であれば、それらの人々に伝えるべき言語は何で、どういう伝達手段を用いるべきなのか、当然トップマネージャーとしてはそこを選択すべきですよねと、このように言ってるわけです。
これがドラッカーの言うコミュニケーション技術、単に相手のことがわかりますねとか、その場でよく相手とお話ができますねではないのだと。トップリーダーとして、人々に向けて話をするときにどういうふうなコミュニケーション手段を選択できますか。これがトップマネージャーとしての、コミュニケーションの技術です。
管理の技能について
最後、管理につきましては、管理の技能につきましては言ってもここまでのこの本の解説の中で、あった部分なので、むしろそちら側を紐解いていただければと思います。
今回の1個前の回がちょうどその管理の技術について語っておりますので、一つ前のマネージャーの仕事という回をぜひご覧いただければと思います。なのでここでは、追加的に書かれていることだけ、簡単に留めておきます。
追加的にここで述べられているのは、【単純な手段を用いる】ということです。誰が見てもわかりやすい、単純な方法を用いるのが大切ですねと。測定を正しくやりましょうと。測定で、ムラ、ブレが出てしまうと、結局管理ができなくなってしまいますね。そして、その手段が人々を管理するのに効果的である手段を用いましょうと。
これって言ってもですよ、管理をしている人だったら、この三つが本当に鉄則なんだってことをおわかりいただけるはずです。結局複雑な管理の手段というのは、それをやっていくこと自体が現場とあなたを疲弊させることに繋げてしまいます。管理が面倒になってくるとだんだんさぼるようになってしまう。結果として、測定されているものっていうのが、大切なものでなければ、もうその数字の入力も、その数字のチェックもどんどんどんどんおざなりになってしまう。結果としてそれは実際に管理として効果の薄いものになってしまう。かような意味で、とにかく単純化しましょうと、簡単にすることを通じて人々はその仕組みに従って行動するようになる。かつ、測定が正しいこと、その数字で管理をすることで、人々の行動が確かに是正される、効果的であること。この3点に注目していくと、複雑ならいいってわけじゃない、むしろ単純であればあるほどいいんだということで、最後に管理の仕組みとしてはなるべくシンプルで効果的な手段にしましょうということが最後にトラッカーが述べる点です。
物事をとにかくシンプルにしていくのも、マネジメントのポイントかもしれませんね、マネージャーの技能として一つ大切なことは、森羅万象、複雑怪奇なこの社会において、ものすごくシンプルに物事をしてあげる、それを通じて仲間に対してリーダーシップを発揮していくことです。これは本当に松下幸之助さんも稲盛和夫さんもおっしゃられてることなので、今日の話が、私もまだまだ頭でそうだよなと理解できるにすぎない。学者としてねというところで、私も含めてです。なるほどな、確かにその通りだと、心で理解できるようになるっていうのが、どうやら私達が目指す先のようです。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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