ここ数年、世界のビジネスシーンを席巻している「ブリッツスケーリング」。
AirbnbやAmazon、テスラといったグローバル企業から、メルカリのような日本発のユニコーンまで、短期間で驚異的な成長を遂げた企業の多くが採用するこの戦略は、もはや現代のスタートアップ成功の方程式と言っても過言ではありません。
従来型の「慎重に着実に」という成長モデルとは一線を画し、圧倒的なスピードと規模で市場を制覇することを目指すブリッツスケーリング。その本質とこの戦略を解説します。
ブリッツスケーリングとは
ブリッツスケーリングとは、スタートアップ企業が 電撃的にスケールする、つまり、爆発的なスピードで成長すること を意味します。この言葉は、「電撃的な」を意味する「ブリッツ」と、「急成長する」を意味する「スケーリング」を組み合わせた造語です。
ブリッツスケーリングの本質:企業の成長戦略の4分類
2つの軸による分析フレームワーク
ブリッツスケーリングの本質は、企業の成長戦略を「不確実性」と「成長優先度」という2つの軸で分析し、状況に応じた最適な戦略を選択することにあります。
4つの成長戦略
- 伝統的スタートアップの成長戦略(Classic Startup)
- 不確実性が高い環境で効率性を重視
- プロダクトマーケットフィットを慎重に探索
- 資源を効率的に使用しながら成長
- ブリッツスケーリング(Blitzscaling):
- 不確実性が高い環境で成長速度を最優先
- 効率性を一時的に犠牲にしても規模の経済を追求
- 「勝者総取り」市場での先行者優位を確保
- 伝統的なスケールアップの成長戦略(Classic Scaling):
- 不確実性が低い環境で効率性を重視
- 既存の成功モデルを着実に展開
- リスクを最小限に抑えながら成長
- ファストスケーリング(Fast Scaling):
- 不確実性が低い環境で成長速度を重視
- 確立されたビジネスモデルを急速に展開
- 市場シェアの早期獲得を目指す
こちらでもわかりやすく解説しているのでぜひご覧ください!
戦略選択の重要性(ブリッツスケーリングは、特に以下の条件が揃った際に有効)
各戦略には適切なタイミングと条件があり、状況に応じて使い分けることが重要ということです。
- 大規模な潜在市場の存在
- ネットワーク効果の期待
- 「勝者総取り」市場での競争
- 持続可能な競争優位性の確保
このフレームワークは、企業が置かれた状況を正確に分析し、最適な成長戦略を選択するための指針となります。
従来のスタートアップ戦略とは、明確に違う
従来のスタートアップは、不確実な市場環境の中で、慎重に事業効率を高めながら、成功確率を上げていく方法を取っていました。しかし、ブリッツスケーリングでは、不確実性が高い状況でも、スピードを最優先し、一気に成長を加速させる ことで、競合に打ち勝ち、市場を席巻することを目指します。
- 伝統的なスタートアップ:事業効率を改善しながら成長
- ブリッツスケーリング:不確実性を受け入れ、急速に成長
近年、Airbnb、テンセント、メルカリなど、多くの成功企業がブリッツスケーリングの手法を採用しています。
これらの企業は、 短期間で資金調達を行い、その資金を元に積極的に事業を拡大することで、競合が現れる前に市場での優位性を確立 しています。
ブリッツスケーリングは、以下の3つの要素から成り立っています。
- スピード重視: 成功のために、完璧さや効率性、効果検証さえ犠牲にすることも厭わない。
- 大胆な意思決定: 不確実な状況下でも、リスクを取って大胆な投資を行う。
- 柔軟な組織体制: 変化に迅速に対応できる、柔軟で機動的な組織を構築する。
ブリッツスケーリングは、リスクも伴う挑戦的な戦略ですが、変化の激しい現代社会において、スタートアップが成功を掴むためには、 スピードと大胆さが不可欠 と言えます。
ブリッツスケーリングの成功例
Airbnb
Airbnbは、家や部屋を貸し出す宿泊施設のシェアリングサービスを提供する企業です。 後発組でありながら、欧州で競合であるWimduに追い抜かれそうになった際、1億ドルの資金調達を行い、その資金を1年間で欧州市場への進出に集中投下しました。
その結果、Wimdu(ウィムドゥ)よりも早く欧州でのビジネスを確立することに成功し、1年間で欧州からの予約を10倍に増やしました。
テンセント
テンセントは、中国のインターネットサービス企業です。 90年代後半にはすでに中国で有名なスタートアップ企業でしたが、スマートフォン時代に対応するのが遅れ、市場シェアを失いつつありました。
そこで、わずか2ヶ月で新しいプロダクトであるWeChatを開発し、迅速に市場に投入しました。 その結果、WeChatは中国で圧倒的なシェアを誇るSNSとなり、1年間で1億人のユーザーを獲得しました。
メルカリ、タイミー、エニーカラー(Vtuber)
日本のメルカリ、タイミー、エニーカラーも、創業からわずか数年で大きな企業に成長しました。 これらの企業も、短期間で資金調達を行い、その資金を元に急速に事業を拡大することで、競合が現れる前に業界トップの地位を確立しました。1
Amazon、Facebook、テスラ、TikTok、BYD
Amazon、Facebook、テスラ、TikTok、BYDも、ブリッツスケーリングによって成功した企業として挙げられています。 これらの企業は、いずれも短期間で急成長を遂げ、世界的な企業へと発展しました。2
これらの企業の成功例からわかるように、ブリッツスケーリングは、適切なビジネスモデルと迅速な意思決定、積極的な投資によって、スタートアップ企業が短期間で大きな成功を収めるための有効な戦略と言えます。
ブリッツスケーリングを実現するための3つのイノベーション
ブリッツスケーリングを成功させるためには、以下の3つの領域においてイノベーションを起こす必要があります。
1. ビジネスモデルのイノベーション
- 大きな市場を獲得できる、急成長可能なビジネスモデルを設計することが重要です。
- 持続可能な収益構造と、スケーラビリティの高いオペレーションモデルが必要です。
- フライホイール効果(好循環を生む仕組み)を組み込み、1つの成功が次の成長を加速させる構造を作ることが理想的です。
2. 戦略の転換
- 従来の段階的成長モデルから、成長を最優先した戦略に転換する必要があります。
- 成長を加速させるために、積極的に投資を行い、リソースを集中投下していくことが重要です。
- ネットワーク効果を活用し、顧客獲得コストを抑えながら急速な市場拡大を実現する戦略を設計します。
3. 経営組織の構築
- 急速な拡大に対応できる、柔軟で機動的な組織を構築する必要があります。
- 変化の激しい環境下で、迅速に意思決定し、行動できる組織文化を醸成することが重要です。
- 効率性とスピードを重視しながらも、基本的なガバナンスと組織の持続可能性を維持します。
これら3つのイノベーションを統合的に実現することで、持続可能なブリッツスケーリングが可能となります。各要素は相互に関連しており、バランスの取れた実行が成功の鍵となります。
直感に反する9つの原則
ブリッツスケーリングでは、通常のビジネス常識や従来の経営理論とは相反する行動が必要となります。以下の9つの原則は、一見すると非合理的に見えますが、超高速成長を実現するために重要な指針となります。
1. カオス(混乱・未知)を受け入れる
急速な成長に伴い、組織は常に混乱状態に置かれることを受け入れ、その中で最善の判断を下す。
- 従来の考え方: 安定性と予測可能性を重視
- ブリッツスケーリングの方針
- 急成長に伴う混乱を避けようとせず、受け入れる
- 完璧な体制や制度を求めすぎない
- 不確実性を成長の代償として許容する
2. 役に立つ人ではなく、たったいま役立つ人を雇う
長期的な視点で人材を採用するのではなく、今まさに必要なスキルを持った人材を、必要な時に雇用する。
- 従来の考え方: 長期的な適性や潜在能力を重視
- ブリッツスケーリングの方針:
- 現在の課題を即座に解決できる人材を優先
- 即戦力となる経験やスキルを重視
- 将来の可能性より目の前の貢献を評価
3. 「悪い」マネジメントを容認する
スピードを重視するためには、時には非効率的であったり、倫理的に問題があるように見えるマネジメント手法も許容する。
- 従来の考え方: 管理体制の完璧さを追求
- ブリッツスケーリングの方針:
- 完璧なマネジメントよりスピードを優先
- ある程度の非効率性や混乱を許容
- 細部にこだわりすぎない柔軟な運営
4. 不完全なプロダクトを出す
スピードのために質を犠牲にする: 完璧なプロダクトを追求するよりも、スピードを優先し、多少の問題点があっても市場に投入する。
- 従来の考え方: 完成度の高い製品をリリース
- ブリッツスケーリングの方針:
- MVP(最小限の実用可能な製品)を素早くリリース
- 市場からのフィードバックを優先
- 完璧さより市場投入のスピードを重視
5. 火は燃えるままでよい
問題が発生しても、スピードを落とさずに対応し、時には炎上状態を放置することも許容する。
- 従来の考え方: 問題を完全に解決してから前進
- ブリッツスケーリングの方針:
- すべての問題に対応せず、重要なものに集中
- 些細な問題は一時的に放置
- リソースの効果的な優先順位付け
6. スケールしない仕事をする
将来的にスケールしない仕事であっても、現在のボトルネックを解消するために必要な場合は、積極的に取り組む。
- 従来の考え方: 効率性とスケーラビリティを重視
- ブリッツスケーリングの方針:
- 短期的には非効率な手作業も許容
- 学習と速度のために手動プロセスを活用
- システム化を待たずに前進
7. 顧客を無視せよ
すべての顧客の声に対応していると、スピードが遅くなってしまうため、時には顧客の声を無視することも必要となる。
- 従来の考え方: すべての顧客ニーズに対応
- ブリッツスケーリングの方針:
- 一部の顧客ニーズを意図的に無視
- 主要な成長戦略に集中
- 長期的な市場シェア獲得を優先
8. 資金は調達できるだけ調達せよ
急速な成長には多額の資金が必要となるため、積極的に資金調達を行う。
- 従来の考え方: 必要最小限の資金調達
- ブリッツスケーリングの方針:
- 成長機会を最大限活用するための潤沢な資金確保
- 競合に対する優位性の確保
- 市場機会を逃さない体制づくり
9. カルチャー=物事を皆で実行する方法を進化させる
- 従来の考え方: 固定的な企業文化の確立
- ブリッツスケーリングの方針:
- 成長に合わせて文化を柔軟に進化
- 変化を受け入れる組織文化の醸成
- 学習と適応を重視する価値観の共有
これらの原則は、一見すると極端なものに見えるかもしれません。しかし、変化の激しい現代社会において、スタートアップ企業が生き残り急成長していくためには、こうした大胆な発想と行動力が求められると言えるでしょう。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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