更新日:7月19日
行動経済学の第6回として、今回も経済的な意思決定における人間の心理というものを探求していきたいと思います。
「サンクコスト」
長年の不採算事業から会社が撤退できない理由。あなたの好きなアイドル、推しメンを変更できない理由。あるいは長く続けたスマホゲームをやめられない理由。その背後には共通する人間心理の特徴が、サンクコストです。
人間は「過去」というものに、めちゃくちゃ固執する規模なんです。これが生き物としての特徴です。多くの生き物は、脳みその容量がそんなに多くないので、過去のことはどんどん忘れていく。それは、瞬時に今、最善の判断をするため。
これに対し、人間は発達した脳の中に、たくさんの過去ことを記憶できるようになっている。過去の経験に基づいて、判断をするためです。この「過去」というものが、私達の今の判断に大きな影響を与えているんです。当たり前のように聞こえますが、そういう脳の性質になっているんだ、というのがここで大切なことなんです。
長く続けたスマホゲームは止められない。アイドルやキャラクターの推しメンは変更できない。子供の頃から続けている競技があって、他競技で芽が出そうになったとしても…長く続けてきた、10年続けてきた、元の競技からは変更することはできない。小学生のときから読み続けてきた漫画を切ることはできない。そして、他にもっと儲かるビジネスがあったとしても、既に莫大なお金と時間を投じている事業から、そう簡単には撤退することはできないのです。
例えばこれから先、他のことにお金と時間を使った方が遥かに儲かるとしても、それでもなお私達は、過去続けてきたことを継続しようという心理が働きます。面白いスマホゲームが新しく出たならば、そっち乗り換えたほうが面白いかもしれないけど、何年も続けているスマホゲームはやめられない。もっと素敵なアイドルとか素敵なキャラクターが出てきたけど、何年も推してきているアイドル・キャラクタからは、やっぱり変更がきかないわけなんです。
これを説明する経済学・心理学あるいは、経営学における共通概念になっているものが、「サンクコスト」(sunk cost)という考え方です。「サンク」(sunk)は、沈んだという意味なので、日本語では埋没コストというふうに表現をすることもあります。もう取り返しがつかない。埋まってしまっている、これまでに投じてきたお金や時間のこと。それを「サンクコスト」というふうに言うわけです。
私達は、このサンクコストというものを取り返そう。という思いが働いてしまうものなんです。
「これまでにある事業で数億円投じました。ここから先どうします?」というとき。「別のことをやったら何億儲かります」「今のことを続けてもほとんど儲かりません」という2択があったとして、どちらを選ぶか。
未来の選択肢に、この際、過去はなんら影響を与えていない。どちらを選択するも、条件は同じ。今からゼロベースで新しいことやったほうが、儲かる。ならば、儲かるほうを選べばいいのですが…既に何億円も投じているなら、今の活動を続けて取り戻さないといけないよね。と、そういう心理が働いてしまう。株とかでもそうですね。何万円・何十万円、負けているという状況から、パッと手放して・・・今、儲かる株に飛びついちゃった方が絶対儲かるわけだけど、私達は持ち続けてしまうわけです。
これが、過去に引きずられるということ。ゼロベースで考えれば、続けても損なはずなのに、私達はもう既に損している分を取り返さなければ!と考えてしまう。そういう心理が働いてしまうわけです。この過去を捨てられない。というのが私達の大きな人間としての特徴になります。
組織の中では、いっそう感情が付随する
企業の中では、この過去への執着は一層強く働きます。集団心理として働くわけですね。
1人1人が引きずっているサンクコストが、集団になることでいっそう強化される。不採算事業からの撤退とかは、めちゃくちゃ難しくなるわけです。こういう状況ってありますよね?働いている皆さんなら思うところがあるはず。他にも、部活などの伝統。続ける意味なんてないのに、続いていたり。「先代社長さんの思いが詰まった社屋」「○○さんが心血を注いで育ててきた事業」。その人の顔が浮かべば、「イヤ・・・やっぱりあの人頑張っていたから、これ切りづらいよね」ということになるわけです。
自分自身のこともありますね?「寝食を共にして、仲間と一緒に完成させた製品なんだ」と言ったら、その製品がめっちゃ滑ってしまったとしても、何とかこの製品ヒットさせたい!というふうに思うわけです。
これっていうのが、人間の特徴なんです。1人が抱えているサンクコストが集団になると、さらにもっと重いものになってしまって、本当に、ここから変更するというのは、著しく難しくなるものなんです。
「サンクコスト」人間の本質
私達は歴史上、この感情に様々な名前をつけてきました。
人はそれを、愛と呼んだり・・・夢だと呼んだり・・・思いだと呼んだり・・・理念と呼んだり・・・伝統だと言ったり・・・いろんな表現を使ってきたわけなんですけれども、少なくても、これらの綺麗な言葉が使われるぐらいには、要するにサンクコストというのは私達の本質なんです。
人間の肥大化した記憶容量の中に、様々な思い出を私達は詰め込んで、その思い出と共に生きている。なので、このサンクコストという現象が私達の今の意思決定にめちゃくちゃ影響を及ぼしていて、それがときに私達に、ものすごい損をさせる意思決定をさせる。というのも、これも人間の性なのです。
で、あるとすれば、何が正解でしょうか。
・・・いいんです。思い出に生きるのも、とても素敵なこと。そして、そこから先、さらに愛を紡いでいけばいいわけです。
しかし、ビジネスであったなら―仲間の何十人の生活を抱えている商売であるとするなら。
あなたがもしリーダーであれば、時には断固とした意思決定をしなければいけないはずです。仲間たちに新しい未来を拓くため。このままいけば、栄光を引きずって、ずっと右肩下がりだよね、とそういう状況を目の当たりにしたら。たとえそこにある現象が、愛・夢・理念であったとしても。こういう綺麗な言葉に騙されないで、それってサンクコストなわけですから、それをせき止め、新しい未来へと一歩踏み出していく。その意思決定をするのもまた、リーダーの務めなんだ、と、その辺りしっかり押さえておきましょう。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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