イノベーションマネジメント、三つ目のテーマとして「事業機会の発見」を議論していますが、本日はその中でも、分析的に新しい事業機会を発見する方法をお伝えしたいと思います。ここでは、「ブルーオーシャン戦略」の名前で知られる、新しい市場の発見方法というものを皆さんにお話していきたいと思います。
前回の復習
前回もお見せした図になりますが、イノベーションというのは、社会課題の解決なのですから、そこには二つの要素があります。一つ目が、社会課題、そしてもう一つが解決策ですね。
この二つをブリッジする。この二つが出会ったときがイノベーションになると考えると、全ての起点は、社会課題あるいは未解決のニーズ、そのようなものを見つけること。となってくると、社会課題を発見する方法を、イノベーターを目指す人は持っていた方がいいということになりますね。前回は、第1のテーマとして、それを心で感じ取ることをお伝えしてきましたが、今回はもう少し分析的に探す方法をご紹介します。
さて、ここで皆さんに考えてもらいたいことは、満たされていない社会ニーズを埋めるとはどういうことなのか。既存のサービスを、よりコストダウンしたからといって、それは未解決のニーズの解決にならない。確かに、従来品では手に入らなかった人の手に届くという意味ではこれも大切なアプローチですが、まだ未発見の社会の課題にアプローチしたことにはなりません。5円10円値下げをしたところで、その商品の基本的な価値(社会的機能)は変わらないわけで。ガクーンと10分の1、100分の1ぐらいの値段にならないことには、劇的にその社会的機能が変わることはありません。
そう考えていくと、もちろんコストダウンは事業をしていく上でとっても大切ですけども、コストダウンの努力だけではイノベーションには結びつきません。
あるいは機能改善ではどうでしょうか。ある機能が前年比3%上がったとする。繰り返しますが、こういう経営努力は本当に大切ですよ。これをしっかりやっているから、競争に乗れるわけですから。ですけれども、たとえそれを続けていったとしても、やはり全く違うニーズに応えるということは難しいわけです。製品の基本的な社会的機能が変わってない。
あるいはですね、収益性に困ったからといって、値段をめちゃくちゃ吊り上げてみる。色々豪華にして、高級品化する。これも違う市場を狙っていく方法にはなりますけれども…こんなことをしたって、本当の意味で消費者の満たされてない需要を満たせるというわけにはいかないわけです。
じゃあどうしたらいいのか。たとえば、このディスカウントストアやスーパーマーケットがそこの中で売ってる商品を値下げをしたからといって、今までに満たされてないニーズが満たせたりとか、逆に機能の良いものを取り揃えたからといって満たされてないニーズが満たされるわけではない。このようなときにどうすればいいか。そのヒントはここまでの議論にも出てきています。根本的に、提供する価値を変える。商品・サービスの社会的位置づけを代える。
これに成功したディスカウントストアチェーンが、ドン・キホーテです。
水平的差別化
皆さんもよくご存知の会社だと思いますが、ドン・キホーテはめちゃくちゃ商品をたくさん並べて、安いものと高いものをごちゃごちゃに取り揃えてバーッっと店内を商品で満たした。天井までうず高く商品を積み上げた。これって、一般的な商品の陳列のし方としてはタブーを犯してるわけですよ。見つけにくいし、値段もバラバラ、取りにくい、どこに行けばほしいものがあるか、全くわからない。あえて、ドン・キホーテはこれをやった。
何でかと言えば、そこに新しいお客さんの満たされてない価値があったから。皆さん、ドン・キホーテに行くときは、何をしに行きますか?それは「探す楽しさ」ですよね。自分の目的のものが、簡単には見つからない。どこにあるかを探す。その間にいろんな新しいものが目に飛び込んできて、ちょっと触ってみたりして、楽しい。仲間と一緒に行って、例えばバーベキューのグッズを取り揃えるとか花火のグッズを取り揃える、パーティーグッズを揃えるなんて言ったときに、バーッと中までいろんなものを探して、ワイワイ楽しいものを探して買うという経験そのものを価値にしたのが、ドン・キホーテの成功要因なわけです。
買うという行為自体をエンターテイメントにした。ディスカウントストアやスーパーマーケットが提案している価値とは、違う社会的機能をお客様に提案したわけです。コストダウンでも機能のアップでもなくて、違う価値を提案する。これを、水平的な差別化なんて言い方をしたりもします。何かを上げる何かを下げるという垂直的に変わるのではなくて、軸を横にずらすことから、水平的差別化、そんな表現を使ったりします。
ブルーオーシャン戦略
この水平的差別化という言葉を編み出した人が、チャン・キムさんと、レネ・モボルニュさんという2人組。この2人がその水平的差別化という言葉で表現した現象が、ブルーオーシャン戦略の名前で知られるものです。
つまり、今までの競争軸の中で、高級品にしたりコストダウンをしたり機能を改善したり、これをやっている限りにおいては、強豪ひしめくレッドオーシャンから、争いの海から抜け出すことはできない。そうではなくて、ブルーオーシャン、争いのない静かな海に乗り出していくためには、競合さんとは違う価値を提案すべきなんだと、そういうことを言ったんですね。
この違う軸にずらす、水平的な差別化をする。それによってブルーオーシャンを目指しましょう、この一連の議論のことを一塊で、ブルーオーシャン戦略というふうに彼らは読んだんです。このブルーオーシャン戦略というのはまさしくイノベーション思考の一つの軸ですね、今までの価値を上げたり下げたりするのではなくて、価値そのものを転換する。これができれば、今まで満たされてなかった消費者のニーズを満たすことができる。未解決であった社会の課題にタッチすることができるようになるわけです。
- ブルーオーシャン戦略とは、これまで存在しなかったまったく新しい市場で事業を展開する戦略。
- 他社と競合せず事業を展開できるため、高成長・高収益が期待できる。
- 競争の激しい既存市場(レッドオーシャン)では、限られた需要をライバル企業と奪い合うため、競争が激しく、利益も限られている。
ブルーオーシャンを見つけるため、アクション・マトリクスを用いて新しい「価値」や「意味」を生み出すことが有効
関連ワード
業界を刷新するようなイノベーションは、新しい価値を提案することから始まります。その新しい価値提案の先にあるものが、誰もいない青い海、ブルーオーシャンです。ブルーオーシャン戦略とは、イノベーションを志すにあたって、まだ誰も提案していない新しい価値を提案せよ、ということです。
ブルーオーシャン戦略の代表的手法が左図のアクション・マトリクスです。既存製品から、何かを取り除いたり、大胆に減らしてみることで、別の価値を提案します。たとえば味の素は、パッケージの内容量を大胆に減らすことで、貧困国向けの個包装製品を生み出しました。
あるいは、既存製品に、何かを付け加えたり、大胆に増やしてみるという例もあります。レッドブルは、従来の栄養補給飲料に、「翼を授ける」というメッセージ性を付け加えることで、体だけでなく心を潤す飲料へと転換を遂げました。
大切なことはこの4つの操作軸はきっかけに過ぎないということです。それを通じて、価値の転換をはかることが本質です。
戦略キャンバス
そして重要なのはこのブルーオーシャンを探すためにどういうメソッドが使えるかです。ここで先ほど言ったチャン・キムさん、レネ・モボルニュさん、この2人が提案した方法というのは、戦略キャンバスの名前で知られるものです。ちょっと、これネーミングセンスよくないんですよ。似たものでビジネスモデルキャンバスだとか類似のものがあるので、あんまりこの戦略キャンバスって名前で覚えてしまうと、ちょっと何かいろんなものがごっちゃになるんで、正直名前はあまり紹介したくない笑。でも、考え方は活かせる。
ここで何が重要かといえば、その商品の価値を根本的に転換するためにこそ、アイディアの出し方として、この四つのことを考えてみましょうって言うんですね。四つのレバーを操作してみると、商品やサービスが今までと全く違うものに転換できる。
第1は、めちゃくちゃ増やしてみる。通常のものよりも、何かをちょっと改善するんじゃなくて、べらぼうに増やしてみる。そうすると、物事が全然違うものになってしまう可能性がある。あるいはこれまでにないものを従来のものに付け加えてみる。全く違う要素を付け加えても、社会的な機能を変えることができるかもしれない。そして、ここからが面白いところですね、このブルーオーシャンを見つけていく上では、減らす・取り除くっていうアプローチだってある。もっとシンプルにしてやることによって、全然違う商品サービスに生まれ変わらせたりできるかもしれない。
でも、大切なことはこれらの四つのレバーを操作すること自体じゃない。レバーを操作することによって、商品やサービスに新しい意味合い、新しい価値、すなわち満たされていない社会ニーズへのアプローチを可能にするっていうのが、ここでのポイントになります。
ブルーオーシャン戦略の例①
先ほど言った通りなんですけども、取り除くとか減らすことによっても、新しい価値が提案できるってのがこのブルーオーシャン戦略の魅力的なところですよ。
その典型例として知られているのが、実は我が国日本にあるQBハウスさんです。このQBハウスという会社、皆さんよくご存知ですよね。格安カットです。1000円カットとかそんな言われ方をしますけれども、従来、髪の毛を切るっていうのは3500円とか3300円とか、そういう値段で小一時間かけて髪の毛や髭剃のカットをやるものでした。女性ですともっともっといろんなものが付きますよね、パーマかけたりいろんなことをして、一通り自分の身だしなみを整えてくれる、これが美容院での顧客体験でした。
これに対してQBハウスは、いや、違うんちゃうのと。シャンプー、取り除いてもいいかもしれない。髭剃りも取り除いてもいいかもしれない。丁寧な仕上げを時間かけてじっくりこうやる、そういうとこもなるべく簡素でいいかもしれない。ざっと短時間10分でヘアカットができます。これをやったら、このヘアーカットというものが今までの商品と全く違うものに転換して、今までには満たされてないお客さんのニーズが満たせるかもしれないというわけで、余計な要素を取り除いて取り除いて取り除いて、10分間でカットだけします。
これにしたことによって、手早く髪の毛をさっとすぐに切りたい、こういうニーズに応えたわけです。髪の毛切ろうと思ったら休日などに1時間しっかり時間をとって、しかもよく混んでたりもするので、向こうに行って現地でちょっと待ったり、予約の電話を入れたり、そういうのが髪の毛を切るという体験だったものを、全く別の体験にすることによって、そこにある満たされてなかったパッと早く切りたい、10分で済ませたい、そういう人のニーズに応えられるようになったわけです。
ブルーオーシャン戦略の例②
もちろんですね、今までにない要素を付け加えたり既存の要素をめちゃくちゃ増やしたりというような、プラスの方向で物事を変えることも可能です。
それをやった例としては、レッドブルが著名な例として知られています。レッドブル、何をしたかと言えば、実は中に入ってるものは、ほとんど一般的な栄養剤とか、炭酸飲料とさして変わらないものなんですけれども、何をやったか?付け加えたんです。何を?メッセージをですね、「レッドブル翼を授ける」というメッセージを付け加えた。
これによって何が変わったかというと、今までは栄養剤ってのは疲れ果てたときに疲労を癒すため、そんなときでも頑張らなきゃいけないときに飲むものが栄養ドリンクだったんですけども、このあなたに翼を授けるんだ、これからもう1回ファイトをして輝きたいとき、つまり栄養分を摂取して水分を摂取したいカフェインを摂取する、それだけじゃなくて、気持ちの面も満たしてくれる。
この意味で言うと、たかだかこの翼を授けるgives you wingと海外でも同じ言い方をしますが、この言葉を付け加えただけでも全然違う商品になるわけです。これによって従来の炭酸飲料の倍ぐらいの値段なんだけども、確かに私達はその商品からメッセージを受け取って、スピリットを心を受け取って、元気に満たされて、飲んだ後の時間を過ごせるようになるわけです。
ドン・キホーテのブルーオーシャン戦略
こんな目線で見ていくと、ドン・キホーテがやったことってのも読み解けてきますよね。ドン・キホーテ、先ほども私は言いましたけども、商品数とか商品の取り揃えをべらぼうに増やしてみたんです。その結果何が起こったかというと、従来のスーパーやディスカウントストアとは全く違う購買体験が生まれた、探さなきゃいけないどこにあるかわからない、手に取っても見たものがめちゃくちゃ高かったりめちゃくちゃ安かったりする。
この買うっていう行為自体がエンターテイメントになったという変化をまさしくドン・キホーテは商品数をめちゃくちゃに増やしてみたことによって生み出したわけです。
■ドン・キホーテは小売店業界に革命を起こした企業ですが、その価値はブルーオーシャンを発見したことにあります。
■既存のスーパーなどの小売店はレッドオーシャンで他店との差別化が難しい状況にありました。その中でドン・キホーテは、既存の小売店がしていないことを試しました。
基本的に小売店は「見やすく、買いやすく、取りやすい」が基本に陳列されていますが、ドン・キホーテは「圧縮陳列」と呼ばれる大量の商品を隙間なく陳列させる方法を取りました。
■普通はこれでは「見にくく、買いにくく、取りにくい」、良いところのない陳列に思えますが、ドン・キホーテは仲間と訪れてワイワイ買い物を楽しむ、一人で掘り出し物を探すなど購買時間をエンターテインメントに変えてしまったのです。
■小売店の店舗は普通、必要なものを買いに来る「モノ消費」の場所であるのに対し、ドン・キホーテは他にはない楽しい買い物ができる「コト消費」の場所として新たな価値を生み出したのです。
まとめ
というわけで、このイノベーションを起こしていくときの分析的な手法の一つとして、今日はブルーオーシャン戦略、その中でもこのブルーオーシャンを発見するための四つのレバー、戦略キャンバスとして知られるものを皆さんに共有させていただきました。
今度は皆さんの場合ですね、このイノベーションというのは学問の世界のものでもなければ、一部のイノベーターのものでもなくて、皆さんのもの。ぜひ皆さんこの戦略キャンパス、そしてブルーオーシャン戦略の発想を使ってみて、新しい商品サービス、そして新しい満たされてない社会ニーズを満たす。これを考えてみてもらいたいと思います。
著者・監修者
-
1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
詳しい講師紹介はこちら website twitter facebook youtube tiktok researchmap J-Global Amazon
専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
コメント