経済学の前提「ヒトは利己的である」という大いなる誤解【行動経済学10】
中村先生の優しいビジネス研究。行動経済学、今回のテーマは利他性です。
人の利己的な動き『利他性』
これっていうのはですね、実は、経済学における非常に大きな前進でして、これまで経済学では、「利己的に行動する個人」そして「その利己性に基づいて合理的に行動する個人」というのが大前提とされてきましたが、この根本的な人間モデルが間違っているのではないか?人間はかなりの部分、利他的に行動しているのではないか?そのあたりが脳科学の発展とも相まってわかってまいりまして、ここのところを修正すると、より一層、私達がどういう意思決定をしてるのか見えてくる。そんな話をしていきたいと思います。
長年、経済学者を悩ませている一つの非常に難しい問題があったんです。時を変え、場所を変え、何度やっても出てくるこの不思議な現象、それがこちらなんですけど皆さんもぜひ考えてください。
心理実験
あなたなら相手にいくら渡しますかと、そういう心理実験なんですけれども・・・あなたは、ある日1万円もらえました。この金額はいろいろ変わるんですけど、今回とりあえず1万円。この1万円を今あなたの目の前にいる人と分け合ってください。目の前の人は、赤の他人だとしましょう。
この赤の他人さんと一緒に、この1万円を分け合ってください。そのときに、あなたはいくら相手に渡すでしょうか?いいですか。
このゲームにおいては、この心理実験においては、相手にお金を渡すインセンティブなんて1円もないんですよ、相手に渡したって全く利益にならないわけだから、1万円全部自分のものにしてしまうのが一番経済合理的、最も利己的な行動だということになる。
ところが、この設定にしても多くの人が相手に幾ばくかのお金を渡す。というのが明らかになっているんです。時を変え、場所を変え、金額を変えて行われたこの実験。これは独裁者ゲームの名前で知られる実験なんですが、独裁者というのは、つまり自分1人で何でも配分を決められるわけです。そして、このゲームにおいてその平均値はおよそ20%となることが知られています。
いろんな文化のもとで、それはいろいろ変動がありますよ。金額も変えていろいろやってみると、おおよそ平均値は大体20%ぐらいだということがわかってるんです。
これってつまり、全く自分に利益がないのに1万円もらったうちの2,000円は相手に渡している。それは、自分の方が多くもらうわけですけども、相手に何割かは渡している。というのが不思議な現象なわけです。
どうです皆さん、これどういうふうにこの問題を解きますか?
なぜ人間は、こんな行動をするのでしょうか。
少なくとも、今の経済合理的に行動すると言われる人間モデルからすると、全くこんな行動の理由の説明がつかないんです。これは本当に、長年大論争になる勢いで、経済学会ではどうしてなんだ?ということが議論され続けてきた問題でした。
『戦略的互酬性』
それに対する一つの答えは、こちらです。
実はこの合理的利己的な判断という意味合いで、この行動は説明がつくんだよと、それが『戦略的互酬性』ストラテージックレシプロシティという名前で呼ばれるものなんですけども、これって、相手に対して今ここで恩義を与えていくということが、これまでの自分の経験則として、自分にリターンが戻ってくるということを知っているからだというんですね。
巡り巡って結局自分の得になることを人間はこれまでの経験で理解しているから、だから相手に対して、今ここで2,000円(20%)ぐらいあげておくと、あの時くれたよな、というので、相手のために行動しよう、そのように行動する事がわかってるわけなんですね。
返報性の法則
実は、これを応用した営業戦略とかマーケティングメソッドとして、一つ知られているのが、返報性の法則というもので、「人は恩義を受けると恩に返さなきゃいけない」という心理が強く働くというものです。
これ故にですね、営業の鉄則はギブアンドテイクじゃなくて、ギブアンドギブだって言うんですね。とにかく、今すぐリターンを求めずに誰にでもこういうふうにギブをしておけば、巡り巡っていつかあなたの所にも商品を買ってくださる。サービスを買ってくださる。そういうことが経験則として知られているから、営業のプロフェッショナルの人たちは、ギブ・ギブ・アンド・ギブで行動するわけなんです。
このような、発想に基づく「相手に対してお金をあげる行動」の何割かは、どうやらこれで説明できるらしい。究極的に利己的に行動しているからこそ、相手にお金を渡してるんだよと、そういう側面も一つにはあるわけなんです。
人は利他的な生き物なのではないか?
しかし、この戦略的互酬性によって全てが説明できるか、というとそんなことはなくてですね。全くリターンが期待できない状況でも、人は寄付をするんです。相手の顔が見えなくても、相手からのリターンが一切見えないような状況であっても、世の中のために役に立つなと、ドネーション(寄付)をする・募金をする、といった行動が行われます。
結局、こうした完全にリターンを求めない行動に対しても、「人はお金を払っている」ということがですね、やっぱり経済学的な謎としてずっと残り続けてたんです。それを何とかして複雑な数理モデルを作ったり、いろんな分析をして検討しようとしたりしたんですけれども、そこで天地をひっくり返すような、一つ重要な提案がなされたんです。
それが、「もっと素直に考えればいい」「人間は利己的なんだ」「合理的に行動するんだ」「ここの枠を取り払ってしまえばいいんだ」と、人間は誰かのために行動する利他的な生き物なのではないのか、というものです。
このように、もっと素直に考えれば、なんてことはない、全部の行動を素直にそれで説明がつくじゃないか、と。いろいろな募金をしたり、寄付をしたり、目の前の誰かにリターンを求めずに何かをあげたり、こういう行動っていうのは、これ自体が人間の一つの本質だと認めてしまえばいいんだと、このような大きな転換が行われたわけです。ある意味では当たり前なのかもしれません。
人間として、当たり前のことだったのが、これまで経済学ではあまりにも複雑に考えすぎて、なんとか利己的な人間モデルで説明しようとしていたがゆえに、この自然な人間のあり方、人は他人のために行動するもんですよ。
これを実はずっと経済学では見ないようにしてきたんではないですか、現代ではそのように考えられるようになってきてるんです。
ここには、脳科学の大きな進展というものが影響しています。
利他性(Altruism)
脳科学によって明らかになったのは、人間はまさに他人のために行動するときに最も幸せを感じる生き物だということが科学的に検証されてきたんですね。
共感(Empathy)
これはどういう原理かというと、人間にはEmpathy(共感)という体の機能・脳の機能が備わっている、というものです。この共感が何なのかというと、他人の経験していることをまるで我が事のように経験し脳内で再現し、かわいそうと思ったり・嬉しいと思ったり・痛々しいと思ったり、これを感じることなんですね。
転んでる子供を見たあなたが痛そう!って思うのは、まさにこれ共感の力。相手が泣いている人を見て、私も悲しくなってしまうのも共感の力。相手が喜んでるのを見ると、私も喜ぶのも共感の力。ということで、人間はこの共感というメカニズムがそもそも埋め込まれている生き物なんだと。これがわかってきたわけです。
そういう意味では、まさに本当に利己的に自分がハッピーになる、自分を幸せにするためには、相手の痛いところを見ないようにする、相手が痛がってる状況を解決してあげる、っていうのが、結局自分もすごく嬉しく幸せに感じると、こういうふうに説明がされるわけなんです。
この共感ゆえに、人が利他的に行動するのを、エンパーシーアルトリズム仮説といいます。
まさにこの共感から利他的な行動に出ると、あくまでまだ完全に検証されたわけではないので、仮説とエンパシーアルトリズム仮説とこういう言い方がされるんですけれども、どうやらこの人間モデルの方が遥かに「なんで寄付をするの?」「なんで募金をするの?」「なんで人にお金あげるの?」といったものを説明する上では、より説明がシンプルでわかりやすいということがわかってきました。
それで、脳内で何が起こってるかという話をしますと、他人が喜んでる状態を見るとき、私達は長時間にわたって多幸感が持続するということはわかっています。その時、脳内で起こっているのは、俗に幸せホルモンと言われるものオキシトシンという物質なんですけども、このオキシトシンというものが分泌されることによって、私達は人が喜んで姿を見るとき、胸がいっぱいに満たされて私達も長い時間にわたる喜びが得られるのです。
これに対してですね、恋はエキサイティングに嬉しいとか、スポーツ中継を観て「うおっー!」て喜ぶとか、このときに分泌されるのは、また別の種のホルモン。これは俗に言われるアドレナリンというやつですけれども、これもある種の幸せホルモンの一種ですけども、こういう誰かに勝ったとか、うちの応援しているチームが勝った!というときの、この優越感による喜びというものは、あくまで一瞬喜んですぐに冷めてしまうのに対して、オキシトシンっていうのは長時間にわたってあなたの心を幸せ感で包みます。
要するに、ずっと脳内に残存し続けるということで、幸せに生きたいと願うのであれば、誰かのために生きた方が幸せなんだよね。こんなことが最近では科学的にわかってきてるんです。かくして、なんのことは、なかったんです。
なぜ目の前の人にお金をあげるのか、なぜ自分にとって1円もリターンがない行動であっても自分はするのか、それというのは、私達のDNAに「誰かのために生きる」ということが幸せだとプログラムされているからなわけなんですね。
かくして、皆さんに今回の話でお伝えしたいのは、皆さんももし、その心の幸福に生きたいと思うのであれば、誰かのために生きてみてください。それっていうのが長期的なあなたの幸せな感情に繋がるということは、既に検証済みです。
そしてまたこれを、ビジネスに応用するという意味で言えば、人間には返報性の法則もあるけれども、もうそれ以上に誰かのために奉仕をしたい!という感情が一定程度、私達の人生の中で占めているということをこの事実に気がつくということですね。
ですから、あなたが良きビジネスをやろうと思えば、やはり誰かのためになるビジネスをデザインすべきだ!ということになりますし、またあなたがお客様や取引先から大きな支援を得たいと思うのであれば、そのように共感されるような事業をデザインしていくのが、長くビジネスを成功させる秘訣になってくるわけです。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/経済学博士/関東学院大学 特任教授/法政大学イノベーション・マネジメント研究センター 客員研究員
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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