著者 / 中川功一(やさしいビジネススクール学長・経営学者)
経歴 / 元大阪大学大学院 経済学研究科 准教授
専門 / 経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営
主著 / 感染症時代の経営学・戦略硬直化のスパイラル・他
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▷ 「やさビ」学長中川について
近況 /「アカデミーの力を社会に」を掲げ、誰もが気軽に学べる完全オンラインの「やさしいビジネススクール」創立。
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時間的展望(time perspective)とは、心理学者Lewinが20世紀半ばに提示した概念です。「ある時点において、個人の心理に内在する未来・過去に対する見解」と定義されます。人間はその人生の中で、それまで生きてきた自らの過去と、そして未来とを見通し、どういう時間軸の中で生きているのかの展望を持つのです。
たとえば皆さんは、これからの未来についてどういう認識を持っているでしょうか。日本ではとみに未来について暗い予測が語られます。この影響は実は計り知れないもので、未来に明るい見通しが持てないなら、人々は未来に向けて努力をしなくなるでしょう。一方で、未来が明るい、ワクワクすると思えているなら、日々の活力にもなります。
また、どれくらい未来を重視するかも大切です。今を重視し、未来にさほど重きを置かないなら、現時点を最大限享楽的に過ごすでしょうし、一方で未来に非常に重きを置くなら、未来を安心して生きるために現在を節制的に生きるかもしれない。
このように、過去の経験から、未来を見通すにおいて、どのような見立て(展望)を持つのかが、個人のモティベーションや、行動規範などに広範な影響を与えている…とするのがLewinをスタートとするこの時間的展望の研究の主軸です。
この時間的展望について、直近に日本の社会科学の総合理論誌『組織科学』において特集が組まれました。その第1論文、東京大学・清水剛先生(やさビ10月-11月講義「ビジネスパーソンのための基礎統計学」ご担当でもあります!)の論稿が、非常に興味深いものでありましたので、この論文を紹介しながら、時間的展望について理解を深めてゆきたいと思います。
清水剛(2022)「組織の寿命と未来の時間展望」
それでは早速、清水剛(2022)「組織の寿命と未来の時間展望」『組織科学』56(1)4-16.を紹介していきましょう。
清水先生は、歴史的な視座から、日本の労働者たちが培ってきた時間展望がどう変化したかを読み解いています。清水先生は以前より「企業の寿命」に注目してきましたが、本稿ではまさしくこの企業の寿命こそが労働者の時間的展望に大きな影響を与えているとして、企業の寿命がどう変遷したかから、労働者の働き方の変化を説明します。
すなわち、
①企業の寿命が概して短い経済・社会構造のもとでは、労働者は「企業に依存せずに生きる」ことが自然なこととなり、労働市場を活用して大きく移動を続けるキャリアを歩むはずだと考えられる
②企業の寿命が概して長い経済・社会構造のもとでは、労働者は「企業に依存する」スタイルをとるようになり、企業と自己とをときに同一視するようにして特定の企業と同じ時間を過ごしていく
とする予測が立つのです。
清水先生は、このような立論のもと、1890年代から1990年代以降までを俯瞰した議論を展開します。
1896年-1911年には企業の寿命はおよそ15.6年でしたが、1920年代にはこれが40年ほどまで伸びます。
その後戦間期に少し寿命が短くなった後、戦後には企業の寿命は半世紀を超えるほどに長くなっていきます。
この企業の寿命の揺れ動きに合わせるようにして、明治・大正期には労働者は企業から企業へと移り変わるのが一般的であったのに対し、以後、太平洋戦争を迎えるまでは企業の活動が安定化し、個人もその中で安定した生活を営むようになります。
戦後には再びの混乱期のなかで個人の移動は激しくなりますが、その後高度成長の中で企業の存続がほぼ永遠と個人が感じられるようになるに至り、組織の中で生涯を全うするような働き方が広がっていくことになります。
それが、1990年代後半から揺らいでいくことになり、現在はその過渡期にある…ということになります。
以上が、私なりの清水論文の要約です。
私たちはどう時間を展望するのか
以上のように、私たちがどう産業社会のありようの時間的展望をもつのかは、私たちのキャリアの在り方に非常に強い影響を与えています。改めて時間的展望というものがどう構築されるかを、定義に戻りながら確認しておきましょう。
・これまでの過去の経験をもとに
・これからの未来についての見立てをもつ
自分自身のことについていえば、これまでの経験から今後の未来を洞察していくことになりますから、自分がここまで生きてきた人生・キャリアに未来展望はかなり規定されることになります。そして、未来について、どういう言説が語られているのかがそこに影響を与えるのだとすれば…日本という国にあって、働き手がよき時間的展望をもつことは、非常に大切であり、そして、非常に難しくもなっているのかもしれません。
これは、とりわけ次の世代を担う人々にこそ、大切かもしれません。よき経験をさせ、よき未来の展望を描けるようにしなければ、彼らは本当は描くことが可能な健全な時間的展望を持ち得ないかも、しれないのですから。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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東京大学大学院総合文化研究科教授、博士(経済学)。東京大学講師、准教授を経て現職。
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専門は経営学、経営史学、法と経済学で、とりわけ企業システムおよび企業経営と法制度の相互作用に関する研究を行う。
著書に『感染症と経営―戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか』(中央経済社, 2021年)他。
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