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「目の前のことに向き合う」人事マネジメントのススメ。神大・江夏先生インタビュー最終回!【シリーズ人的資本経営】

目次

「目の前」に向き合う人事

江夏 幾多郎

「大局観」と逆の「目の前」のことに向き合うことも重要だと思います。

最近の人事のトレンドとして、企業が戦略的な人事を推進する必要があるという話や、従業員のキャリア形成や信頼を重視しましょうという話がありますが、どちらも単独では不十分だと思います。

江夏 幾多郎

それぞれを調整しながら、職場での意思決定を積み重ねていくことが、全体的な最適解につながるのではないかと考えています。

これはあまり言われていない視点かもしれませんが、私なりの考えを共有したいと思っています。

中川 功一

目の前のことにどう向き合っていくのか、ぜひ頭の中でイメージしながら、江夏先生のお話を聞いていただければと思います。

「戦略人事」の考え方

目の前のことに向き合うことが大事だということを改めて言わなければならないのは、最近の人事のトレンドとして、目の前以外のことに関心が向いていることがあります。先程話した「ジョブ型」という新しい人事のアプローチや、ステークホルダーとの関わりにおいて人的資本を可視化することなど、抽象的な要素が多くなってきているように思います。

戦略人事という考え方も、同様に目の前以外のことに力点を置いたものです。つまり、経営の中長期の戦略を基に、その戦略の実現のために人事としてどのような方針や戦略を持つべきかを考え、採用、配置、評価、能力開発、報酬など様々な人事の取り組みを連動させていかなければなりません。

この図では、配置転換、業績管理、組織開発、能力開発と書いてありますが、これらの要素を組み合わせながら取り組むことで、従業員はそれぞれの役割で能力を発揮し貢献できるのです。

企業戦略の変化に合わせて、人事も柔軟に対応しなければなりません。配置転換やリスキリング、部門の売却や企業の買収はその手段です。従来の戦略に合わせた人事を磨き上げる余り、戦略の変化に人材の供給が追いつかなくなるようなことは避けなければなりません。

身もふたもない話ですが、経営判断の動向を見定めながら、ブレーキとアクセルのバランス、使い分けなければなりません。これが最近の戦略人事の文脈で言われていることですが、非常に抽象的な話ですね。

この記事は、頭でっかちにならないための「目の前のことに向き合う」人事マネジメントのススメ。神大・江夏先生インタビュー最終回!【シリーズ人的資本経営】を元にした人的資本経営と日本の組織変革に関する記事です。

「戦略人事」の難点

この戦略人事という観点は、会社で人事を担当している人たちにとって、異論ないものでしょう。その理念をどのように具体的な行動に移すべきなのか、また、その実行に際してどのような困難があるのか、そういったことを考えていく中で、目の前のことに向き合うという今回のテーマが関わってきます。

戦略に基づいた人事が大事だということに、ある種の罠があります。そもそも戦略が間違っている場合、人事がそれに沿いすぎると、経営の悪化を助長することになります。

また、企業の戦略が正しいとしても、人事が戦略に基づいて人材の開発や活用を適切に行えるとは限らないという現実があります。つまり、企業や人事部門はしばしば間違いを犯します。

どの企業もこうした罠自体は避けられません。傷口が広がる前に察知し、対処することが求められるし、そこにこそ競争力の源泉があるのかもしれません。成功している企業とは、正しい経営戦略を正しい人事戦略で支えている、という教科書的な理想像とは少し違ったイメージです。

会社や人事が必ずしも合理的でない場合、どのように対処すべきかという問題について、一つの考え方として「従業員を信じ、任せる」という権限移譲的な方針があるのですが、それも必ずしもうまくいくわけではないと思います。会社が持つリソースは限られており、社員が自らの希望を出しても、それに対応することは難しいです。さらに、従業員が望むことを全て実現したとしても、それが組織の一体性や強さに繋がるとは限らないからです。

人事がどう関わるべきか、人事管理がどうあるべきかを考えるとき、経営戦略に基づいて行動することは重要ですが、その一方で人事が従業員一人一人との関わりを見つめ直し、より良い方向に進めるための取り組みも必要です。

中川 功一

私も今日、新たな気付きを得ました。
それは、「戦略人事」において、完全に合理的な人間モデルを前提に戦略を立て、それが中央集権化した組織のもとで実行される、という考え方です。

しかし、これには一部誤謬があると感じています。組織というのは、そのような前提を否定し、合理性だけでは対処できない現実に立ち向かうために始まったものだとしたら、我々はそこに一部の誤謬を抱えていると気付くべきです。

江夏 幾多郎

それは確かに重要な視点です。しかし、自分の立場をアピールし、予算を確保するために特定の方法を強調するだけでは不十分です。戦略の修正や持続的な改善に取り組む際の人事の姿勢についても考える必要があります。また、どこに「粘り」が必要なのかという問いについても、我々は深く考えていくべきだと思います。

中川 功一

その問いこそが、我々が「目の前のことに向き合う」ことの本質であるのかもしれません。もし可能であれば、その話の続きを聞かせていただきたいです。

「あれも,これも」の人事

まずは、会社の経営方針に基づいて人事の戦略や個々の活動が決定されるべきです。ただし、経営戦略が間違ったり変わったりすることもあるし、人事が戦略を適切に理解・実行できなかったこともあるでしょう。

方針通りの人事管理が行えないということもあるでしょう。そういう時には、現場や経営の状況を見ながら方針、制度、運用のあり方に微修正を加えることは重要です。この微修正を加える際に重要なのは従業員の考えですが、ただし、従業員の考えや希望に過度に配慮しすぎるのも問題です。結局、会社としての方針を貫きつつ、従業員の声を生かすというバランスを探す必要があります。そして、人事管理の本質とは、会社が従業員に対して何かを介入していくもので、主導権はあくまで会社にあるということです。これは一見、バランスの取れていない関係に見えるかもしれません。

会社が社員に命令することはある意味で当然です。だからこそ、命令を受け入れてもらうための様々な工夫が必要です。

ここで考えるべきなのは、事業に必要な組織や職務の在り方、それらが現状で実現できているかという点です。

あるべき組織や職務の形、それにより求められる能力や考え方、そしてその人材を惹きつけるための公正な報酬や魅力的な待遇を提供し、社員にアピールすることが重要です。

人事管理は会社が主導し、従業員がそれを受け入れるという関係性があります。しかしながら、会社主導を従業員が積極的に受け入れた上でなら、そこでの従業員の行動は自由意思に基づくものになりますし、企業としてはそうした関係を,従業員の幸福と企業の成長の両面のため、培っていく必要があります。

会社が様々な形で能力開発を支援し、自信を持って活躍する人は他社でも活躍できると思います。一方で、自社で活躍できない人はおそらく他社でも活躍できないでしょう。前者のような人と互いに活かし合う関係を作れる、という過程で積極的に従業員に関わっていくのです。

経済学的な視点から見ると、こうした観点は必ずしも支持されません。会社が従業員に投資をした結果、従業員が他社へ移るとしたら、投資が無駄になるからです。

しかし、能力開発の投資を怠れば、従業員は他社には行かないかもしれませんが、自社での活躍も期待できないでしょう。また、優れた人材を労働市場から引き寄せられなくなります。

昨今は、副業の広まりとともに、退社した会社と仕事上の関わりを持ち続ける人も増えています。「囲い込み」型の雇用にこだわらない発想が会社には求められます。

オープンで柔軟な組織という観点に立った場合、たとえ既存の社員が出ていったとしても、次の人材が来やすいように、我々の会社の仕事内容や、我々が期待する社員の活躍の姿、それに対する報酬を明確に伝えるべきです。それにより、後継者をすぐに見つけること、彼らがすぐに活躍することが可能になります。企業は従業員を管理しますが、それが縛りつけにならない、それでいて共存共栄的な人事管理が可能となるのではないでしょうか。今のすべての雇用関係が一気にそうなるとは考えにくいですが、少しずつその方向に持っていくことは可能でしょう。

少々哲学的ですが、私はそう考えています。

中川 功一

今のお話を聞きながら、いろいろと思いを巡らせました。

一番印象的だったのは、「人事」というのは一つの最善策を掴めないからこそ、大変だという点です。

戦略的な人事を進めるというのがシンプルで簡単に思えますが、IT分野でいうアジャイルのように、自由主義か管理主義かといった論点もあります。

それらの異なる要素を一つに内包して上手に運用するというのは、本当に困難な課題であると感じました。

江夏 幾多郎

まさにそうですね。個々のやりたいことだけで仕事やキャリアが成り立つわけではないですね。

組織としては、働いている人々に「これをやってください」と指示を出すこともあるし、そういう場面が生じることは避けられません。

江夏 幾多郎

しかし、働く側としては、その指示を受け入れることで予想外の経験を得ることができ、キャリアが積み上がっていくという一面もあります。

企業側からは、指示を守ってくれる従業員に対して適切な報酬や成長の機会を提供する必要があります。

これは、お互いにとって厳しい関係かもしれませんが、その厳しさの中でお互いに対する投資が重要となると思います。

これこそが、企業の人事として、従業員と関わる覚悟が求められるポイントなのかもしれません。

中川 功一

しかし、それが最も重要なことなのかもしれませんね。

結局、私たちは一人ひとりの人生と命を担っているわけですから、それに対する重大な責任を全うする職務において、その覚悟を持つことが最も大切だと思います。

江夏先生、このいわゆる人事管理がどのようなガバナンスで運用されるべきなのか、お考えを伺うことができればと思います。

人事管理のガバナンス

確かに、今言ったように会社の経営戦略上、一つ一つの仕事には特定の役割があります。この仕事はあなたが適任だとか、あなたがやりたいことはこれだとか、そういった事を考えると、本社の人事部の一律管理だけでは十分に対応できなくなってくると思います。

目の前の仕事や目の前の社員一人一人とどう調整するか、会社と働く側双方が納得できるような仕事理解や労働条件をどう設定するか、それを考えると、人事管理の意思決定権限や意思決定を行う人々をより現場に配置する、ある種の分権化を進めるべきだと思います。

そうなると、現場で有意義な調整活動が行われ、さまざまな発見やノウハウ、課題が見つかるでしょう。それらを現場の人事担当者が共有し、総合的な学習を促すことが重要です。

本社の人事部は、そういうプラットフォームを作る役割を果たせるのではないかと思います。もちろん、社員と関わる際の標準的な手順や、仕事の形を見直す際の重視点という大枠を現場に示すのも本社人事部の役割です。

また、それぞれの職場で起きていることを総合的に学習し、可視化したり情報を共有するのも本社人事部の役割だと思います。それにより、経営層や人事部以外からも、「人事部は意義あることをやっているね」、「これをやりたいなら人員をもう少し増やすべきだ」、「人材関連で予算をもっと増やすべきだ」などの意見を得られるようになり、彼らへの交渉力が高まります。

経営層や財務部門が人事部が価値ある部門であると認識し、予算や人員の必要性を主張できるようになるでしょう。現場起点の経営戦略の立案であったり、既存の戦略の是非の主張もできるでしょう。

中川 功一

再びお伺いしますが、分化、統合、そして学習。

これは20世紀の組織論の最も重要なキーワードに再訪したような感じがします。

中川 功一

やはり本質はそこにあると感じました。

人事というものが、一方に極端に流れすぎる傾向にある中で、現場の現実を見つめ、それらのバランスを適切に保つということが大切なのでしょうか?私の認識はあっていますでしょうか?

江夏 幾多郎

はい、その通りです。
そのバランス、つまり「ハーモニー」は、現場で見えてくるものですし、それぞれの現場で生じる音を重ね合わせて見えてくるものです。

それは一見、矛盾しているように思えるかもしれませんが、現場に足を運びつつ全体を把握する、その両方を行うことが重要だと思います。

確かにそれは大変な作業ですが、その労力に見合う価値があると信じています。

中川 功一

私も今の話を聞いて思ったことは、人事という仕事は難しくて成果が見えにくいかもしれませんが、だからこそ、人事に向き合っていくべきなのだと学ばせていただきました。

江夏 幾多郎

ありがとうございます。

中川 功一

皆さんも今日の江夏先生の話から、物事の見方について新たな視点を得られたと思います。さらに、私たちは幸運にも那須先生の無料のライブ講義でお話を聞ける機会を用意しています。

中川 功一

やさしいビジネススクールが主催する「特別セミナーシリーズ 人的資本経営の最前線:江夏先生による特別講演」は、7月7日の20時から開催されます。このセミナーは完全無料で、江夏先生と深く議論をする機会です。

やさビ有料会員様は、録画で見ることも可能です。

中川 功一

江夏先生、今日はありがとうございました。

江夏 幾多郎

こちらこそ、ありがとうございました。

やさしいビジネススクール主催の特別セミナーシリーズ「人的資本権の最前線」では、江夏 幾多郎先生による完全無料の特別講演が、2023年7月7日20時から開講となります。

無料ですので、江夏先生の話をさらに聞きたい方は、ぜひご参加ください。

やさビ有料会員様は、録画で見ることも可能です。

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