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日本の人事は「人格主義」⁉人事を哲学する、神戸大・江夏幾多郎先生に話を聞いてみた!【シリーズ人的資本経営】

目次

「現場の人的資本経営」に関するいくつかの視点
論点1「人格主義」的なベースを維持し続けてきた,日本の雇用・人事

中川 功一

「中川先生のやさしいビジネス研究特別講義シリーズ – 人的資本経営」のセッションにお集まりいただきありがとうございます。今回は、産学官それぞれから日本の第一人者の方々に参加いただき、人的資本経営に関する現状や、そのキーワード、問題点などについてお話を伺います。今日のテーマは人事管理で、これを大局的、歴史的視点や、国のシステムという広い視点から研究されている先生にお話を伺います。

中川 功一

そして今日の分野については、日本での研究の第一人者である神戸大学の江夏先生をお招きしています。江夏先生、ようこそ、どうぞよろしくお願いいたします。

江夏 幾多郎

よろしくお願いいたします。このような素晴らしい紹介を頂き、恐縮です。

この記事は、日本の人事は「人格主義」⁉人事を哲学する、神戸大・江夏幾多郎先生に話を聞いてみた!【シリーズ人的資本経営】を元にした人的資本経営と日本の組織変革に関する記事です。

中川 功一

それでは、早速ですが、今日のテーマから始めるとともに、自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか?

江夏 幾多郎

はい、神戸大学の江夏です。人事管理の研究を約20年行っております。

江夏 幾多郎

中川先生から「国のシステムの大局的視点」についてお話がありましたが、実際、企業の人事の在り方は社会や国の文化、ルールに大きく影響されます。ですから、大局的な視点を持つことは非常に重要だと思います。

江夏 幾多郎

それと同時に、人事が行われる具体的な企業や職場の現場、そしてそこでの感情なども人事や育成に大きな影響を及ぼします。特に、働く一人一人の納得感や喜びといった要素が大切です。

江夏 幾多郎

だからこそ、社会全体の仕組みと現場の人間関係や文化、しきたりといった要素が融合する点で人事管理を観察し続けています。どうぞよろしくお願いします。

中川 功一

その通りだと思います。人事というのは、大きな社会のシステムから個々人にとっての大切なことまで含まれるものですね。そして、それらを連続的に、適切に繋ぎ合わせるのが人事管理だという理解を得ました。江夏先生、現在の人的資本について、我々が特に考えるべき点については、何かご意見を頂けますか?さらに、今回の討論のためにいくつか論点をご用意いただいていると思いますが、最初の論点について早速伺ってもよろしいでしょうか?

江夏 幾多郎

私は三つの論点を用意させていただきましたので、順番にご紹介したいと思います。(動画02:13)

論点1「人格主義」的なベースを維持し続けてきた,日本の雇用・人事

まず一つ目として、日本の雇用や人事は結局何を基準に行われてきたのかという点です。最近私が考えているのは、社員の人格をどのように高め、どのように評価すべきかということです。最近、ジョブ型という言葉がよく使われますが、私は日本の人事が変わるという意見に対して、社員の人格を高め、評価するという根本的な部分は変わらないと考えています。この観点から話を進めていきたいと思います。

中川 功一

ありがとうございます。つまり、マックス・ウェーバー的な観点から言えば、組織は権利や権限によって運営されるのではなく、一緒に働く人々の多様な人格に基づいて形成されているということですね?

江夏 幾多郎

はい、その通りです。中川さんがおっしゃったように、組織の権威に社員が従うという要素もある一方で、ミクロな視点で考えると、企業は基本的に従業員に何らかの貢献をしてほしい。そのために報酬を支払ったり、成長する機会を提供したりするわけです。

日本の雇用・人事の「背骨」(動画03:22)

そこで、「成長」とは何か、「貢献」とは何かを考えたときに、それは、言葉にするのが難しいですが、結局のところ人格を伸ばすことではないかと考えています。例えば、企業が社員に求めるのは、結果を出すことも大事ですが、それだけでなく、同僚や企業に対する献身的な姿勢も重要だと思います。

また、遅刻しないとか、周りに迷惑をかけないといった自己規律も必要です。こうした人格を体現する人が、会社の中で人望を得たり、出世したりするのだと思います。

つまり、年功主義や能力主義、成果主義といった概念も、結局のところは人格を基準に理解されるべきではないかと思います。経験を積んで人として成熟し、立派になった人を評価し、能力も単にスキルや知識だけでなく、周りと協力して仕事を進める能力も含めて考えるべきです。

成果も、単に「あなたの売り上げはいくらですか」といった具体的な数値だけでなく、定性的な要素や感覚的な要素も含めて定義すべきだと思います。企業は、そのように定義した成果を社員から求めています。

日本の雇用や人事は、表面的には変わってきていますが、社員が企業や同僚に対して献身的であるという根本的な部分は変わっていないと思います。最近は、人的資本経営やジョブ型といった新しい概念が注目されていますが、何が変わり、何が変わらないのかを明確にすることが重要だと考えています。

中川 功一

ご説明いただきありがとうございます。確かに、日本の組織は人格を育てることを通じてガバナンスを行い、内部を形成していますね。それを理解すると、物事の見通しが格段に明るくなります。

江夏 幾多郎

そうですね。組織の一体感や居心地の良さ、同僚との競争、あるいは適切な振る舞いをするというプレッシャーなど、良い面も悪い面も含めて、日本の組織が形成されてきた部分があります。

その結果、より開放的で自由な環境が生まれた一方で、新たな結びつきが見えなくなったことで様々な組織的な問題が生じてきました。

しかし、大枠を見ると、人格というものが組織を繋いできたという部分は変わっていないと思います。

「人格主義」的な企業における「ジョブ型」(動画6:42)

中川 功一

江夏先生の視点から見て、現在起こっている変化、たとえばジョブ型のような変化については、どのように感じられていますか?

ジョブ型というと、メディア報道のイメージ通りに、雇用関係が「あなたの仕事はこれです、だからあなたの待遇はこれです。この仕事がなくなったらあなたの雇用もなくなります」と理解されることが多いのですが、実際の企業のジョブ型はもう少し柔軟です。

それは「あなたに期待するのはこれです」が、「これをやりなさい、あれをやりなさい」よりも「こうあるべきだ、こっちの方向を目指しましょう」のような、具体的な仕事リストよりも役割やミッションリストが強いという意味です。

また、「あなたはこの仕事をするために雇われました」というよりは、むしろ、社員10名の定期的な異動や昇進昇格の中で、「あなたに期待するのはこれです」のような柔軟性があります。ジョブそのものの中での柔軟性もあり、ジョブ自体が変化していく柔軟性は確保されています。

ジョブ型が一般的に言われるときには、仕事の価値に基づいた給与などが強調されますが、実際はもう少し柔軟に捉えるべきだと思います。

中川 功一

私も完全に誤解していました。確かに、米国の他の企業や日本の企業が20世紀に学んできたように、厳密なジョブディスクリプションを設定して、これをやりなさいという形ではなく、もう少し柔軟性を持たせた形にデザインしているのですね。

私たちはジョブ型と言ったときに、具体的な行動が全て決まっているようなものをイメージするのですが、実際はそうではないのですね。

工場労働の世界がジョブ型の典型として思い浮かぶかもしれません。作業プロセスが決まっており、個々の人がどうフィットするか、それによって決まります。そのフィットする人は技能レベルが低いため、細かく仕様を示さなければ適切な仕事ができない場合があります。

ただし、指標を達成すれば給料を支払うといった組織構造がイメージされるかと思いますが、最近の組織やこの半世紀ぐらいの組織はもっと柔軟性があります。新しいことを試す、変化を追求する、これらがイノベーションや企業の成長につながるという視点があります。特にホワイトカラーやクリエイティブな人、研究開発系の人々に対しては、「あなたの仕事はこれとこれです」という具体的な作業を伝えるのではなく、「こういう貢献をしてください」「こっちの方面を目指してください」というような柔軟な形でのジョブの定義が多いです。

そのジョブの達成度に応じて、この人にはポテンシャルがあると判断され、昇進や内部異動があるでしょう。あるいは社員が自分から「私がこのジョブに挑戦したい」と提案し、企業と交渉して移動するということもあります。これは日本に限った話ではなく、むしろ世界的な傾向です。そして日本のジョブ型も、解雇規制や社員の降格が難しいという制約がある一方で、硬直的なジョブ型ではなく、柔軟性を持った形を目指しているのではないかと思います。

中川 功一

このジョブ型というものが、日本企業の中で少しずつ広まっていると感じていらっしゃるのでしょうか?

日本で起きている,ゆるい「ジョブ型」(動画10:25)

給料の支払い基準として、「何年勤務していますか」や「どのような職能資格がありますか」という観点ではなく、「あなたの仕事はこれで、この仕事は私たちの会社ではどの程度のランキングに位置するので、この給料を支払います」といった形が大企業やグローバル企業では普及してきていると思います。そうでなければ、世界中の人材を公平に活用しようとする際に、日本人は能力で評価しているが、外国人は職務の価値で評価しているとなると、管理が公平に行えないためです。一方で、パートタイムや契約社員などは、昔からある程度ジョブ型の管理を行っていたとも言えます。

ホワイトカラーを中心にジョブ型の普及が進んでいると言えるでしょう。しかし、それが理想とされるジョブ型とは異なる部分もあります。それでも、柔軟な組織の観点から考えると、それほど違和感はないかもしれません。日本の労働規制などの制約の中で、緩やかな形でジョブ型が導入されているというのは、ある種の合理的な判断とも言えるでしょう。

中川 功一

その後、このいわゆるジョブ型がどう進展していくのか、江夏先生の見立てを伺いたいです。もちろん、このようなフォーキャスト的なお話しは江夏先生の対応外のことかもしれませんがお伺いできたらと思います。

社員が会社から何を期待されているのか、どれくらいのパフォーマンスがどれくらいの待遇につながるのか、自分の役割が会社内でどの位置づけなのかということを理解するためには、役割やジョブに基づいて待遇が決まる仕組みは合理的だと思います。

ただ、その仕組みが年功序列を無くし、能力主義や成果主義に移行するのかという問いには別の観点が必要です。ジョブに基づいて給料を払う、またはジョブを変えていくことは年功序列と共存することも可能です。

このように考えると、自分の仕事、つまりジョブが何であるかを理解し、それがどれくらいの給料になるのかを社員が知ることは重要です。そして、会社が社員の能力開発を支援し、「あなたの成果はこれだけですので、期待値に達していない。もっと頑張りましょう」という形で成果主義的にジョブ型を運用することも可能です。また、昇進や昇格の際にも、年功序列に依存するのではなく、実力をしっかりと評価する形で運用することができます。

最近、メディアではよく「年功序列を脱却し、社員のエンゲージメントを高めるためにジョブ型を導入する」と言われますが、それは運用次第であり、基本的には「私たちがあなたに期待することはこれです。そのために私たちが提供できるサポートはこれです」というメッセージを伝えることです。

社員がその期待にどう応えるかということ自体は、ジョブ型であろうとなかろうと重要です。ただ、ジョブ型を導入することである種の変化の機運が生まれる可能性はあります。それがジョブ型が良いのか悪いのかという議論とは別の問題です。

ただ、この変化の機会を逃すべきではなく、企業と従業員が共に理想の姿を再定義し、前進していくべきだと思います。

中川 功一

ありがとうございます。江夏先生は現実主義的で、それぞれの企業や個人の状況が異なることを理解しています。

このジョブ型の風潮が高まっていく中で、それぞれの企業がどのような働き方が適切であるかを考え、時代に合った制度を作っていくことが良いというのが江夏先生の立場ですね。

はい、その通りです。ジョブ型を導入すると全てが一変するような魔法の杖ではありません。私たちは賃金の支払い方を少し変えることを考えています。

たとえば、私たちはグローバル化していますし、また、働いている人々が自分の役割が明確に見える方が、役割に見合った報酬を得られて嬉しいようですとなったときに、それを実現するためにはどのように運用すればよいかという問題になります。

それは、職場での上司と部下の間の合意、または経営や人事部が社員から信頼されている存在であるかという主観的な部分によると思います。ここは変わらないし、さっきの人格主義について話したように、信頼できる人かどうかが決定的です。それが実際の仕事であるか、または人事管理の改革の成否を決定するかというところです。

中川 功一

さっきの話で、江夏先生から重要なキーワードが出ましたが、それが江夏先生の研究テーマにも関わるものだと思います。それは公平性とフェアネスです。特に公正さや公平性、そして現場の納得感という観点からジョブ型をどのように導入していくべきか、そして今後の人的資本経営がどうあるべきかについて考えていただければと思います。

現場の納得感(動画16:19)

結局、働く側としては、自分が組織や上司、同僚から何を期待されていて、その期待に応えるためにどういう支援があって、自分の働きに応じた待遇を、それは、お金もそうですし感謝とか、そういうのも含めて周りが提供してくれるかっていうところが大事だと思います。その意味では、人事制度をジョブ型にしたからといってすべてが解決するわけではなく、その運用の中で公平で公正な関係を作っていくことが大事なのだと思います。

私が話したことの中には、人事制度が全てでないという視点があります。従業員は必ずしも客観的にロジカルに考えないんですよね。同じ評価をもらったとしても、同じフィードバックをもらったとしても、その評価やフィードバックを出した人がどのような人かということも重要になります。企業は従業員に対してその人格を尊重し、発揮してもらうことを期待しています。

そして、従業員もまた、自分が働く会社や上司、同僚からどの程度人格的な振る舞いを見せてもらっているかということが大切になるわけですね。つまり、企業の経営や報酬の配分、人事評価など、全ての判断が客観的であればあるほど良いのか、透明であればあるほど良いのかもしれないですけど、それが現実的には難しいということです。分析しきれないところがあるし、あるいは働く側も会社の言っていることを必ずしも理解できないときもあります。例えば、「あなたはこれぐらいの出来栄えでした」や「次はあなたにこの仕事をやってもらいます」のような指示に対して、確かにエビデンスは大切ですが、エビデンスが示されたからといってすぐに納得するわけではないんですよね。

過去に目標管理や成果主義の賃金が上手くいかなかった事例を分析したときに感じたことですが、全てが上手くいかなかったにも関わらず、従業員全員が不満を持っていたわけではなかったです。職場は複雑で、目標管理通りに進まなくても仕方がないと考えたり、意味のある仕事ができているからと納得したり、評価が理解できなくても信頼して受け入れたりするのです。

経営や人事としては、非常に整った人事制度を作ることよりも、その後の運用が重要になってくるということを私は学びました。

日常から場を作ることが大切だということになるのでしょうか。結局、制度ではなくて運用の実態とその現場での感覚こそが大切だということですね。そして、本社で人事をやってる方々や私がお仕事させていただく方々にとっては、現場の何が起きているのかを想像しながら、現場に足を運びながら、抽象的な制度を作っていくことが大事だと思います。

中川 功一

こんな大局的な見地から人が働くということや、人事制度というものを捉えるお話を久しぶりに聞くような感じがします。
非常に深い洞察をありがとうございます。

江夏 幾多郎

ありがとうございます。

中川 功一

やさしいビジネススクールが主催する特別セミナーシリーズ「人的資本権の最前線」に参加してみてください。

2023年7月7日の20時から、完全無料で江夏先生から直接お話を聞くことができます。皆さんの参加を心からお待ちしております。

どうぞよろしくお願いします。

江夏 幾多郎

ありがとうございました。

7月7日にお会いできることを楽しみにしています。

優しいビジネススクール主催の特別セミナーシリーズ「人的資本権の最前線」では、江夏 幾多郎先生による完全無料の特別講演が、2023年7月7日20時から開講となります。

無料ですので、江夏先生の話をさらに聞きたい方は、ぜひご参加ください。

著者・監修者

本気のMBA短期集中講座

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