「ダイバーシティ&インクルージョンがこれからの経営戦略には必要」などの表現を聞いたことはあっても、その意味や効果がわからずにもやもやしていませんか?
「内容の詳細と効果は?」
「具体的な取り組み例は?」
この記事では「ダイバーシティ&インクルージョン」について詳しく解説。効果や注意ポイントなどについても詳しくご紹介します。
導入した企業の事例を参考に、取り組みのためのヒントにしてください。
ダイバーシティ&インクルージョンとは
画像引用:SDGsACTION!
「ダイバーシティ&インクルージョン」とは「人材の多様性を認めつつ、受容して生かす」ことを指します。各社員が持つ能力を発揮させるために、それぞれの多様性を受け入れたうえで、企業活動における生産性の向上や経営効率を目指す考え方です。
受容的な受け入れとは違い、企業全体で積極的に取り入れていく戦略的な取り組みを指します。経済産業省でも、ダイバーシティ経営を推進しており、支援活動を積極的におこなっています。
- ダイバーシティとは、女性や外国人、障碍者などが参加するというだけでなく、多様な「価値観」や「考え」、「能力」が存在することを認めることである。
- インクルージョンとは、多様な人が共通のビジョンに向かって積極的に活動に参加することを指す。
- ダイバーシティ&インクルージョンの結果として、環境変化に対応しやすくなったり、イノベーションを生みやすくなる。
多様な人材をただ組織に加えるだけでは力を合わせられない。ビジョンや共通目標を共有することで、多様性の良さを引き出す
ダイバーシティが今日、社会に求められている理由は大きく2つあります。第1は、それが社会の倫理だからです。全ての人が平等に社会に参加し、幸福に生きる権利があります。それを実現するためには、企業、職場の協力が必要不可欠です。
第2は、それが変革の力、イノベーションの力にあるためです。同じ問題に対し、様々なものの見方ができるのであれば、業務の改革や、ときには大きなイノベーションに結実する可能性もあります。視点の多様さを与えてくれるのです。
ただし、多様な考え方を認めることで、どうしても組織としては求心力が弱まってしまいます。違いを認めつつ、皆が承諾できる共通のビジョンを持てること。これがインクルージョンです。かつて日本社会は「共通の価値観、ビジョン、考え方」が強調される一方で、異分子を認めない傾向がありました。今日、「私たちはそれぞれに違う」を起点に、再度、違いを認めながら共通理解をつくっていくことが求められています。
ダイバーシティの意味
ダイバーシティは「多様性」と訳されています。組織に属する個人は、もともと違う属性や考え方を内包しており、その多様性を活かす努力が重要です。多様性を認めず同質的な考えを強要するのは、変化が急激な現代において硬直性を意味します。
ダイバーシティ(多様性)には、性別・年齢・国籍・障害の有無以外にも、働き方や考え方までも含みます。さらに深い部分まで注目してみると、身長や体格、成育歴、受けた教育、宗教、新年、性格も多様性のひとつの要素です。
今までの労働市場は、男性の長時間労働を前提としたものでした。今後は、多様性に応じた多様な働き方を認めることで、生産性向上や人材確保に新たな可能性が生まれると期待されています。
インクルージョンの意味
インクルージョンを直訳すると「受容性」です。もともとは教育分野で使われていた概念で、障害を持った子どもを隔離することなく一般社会や学校に参加させることを「インクルーシブ教育」などと呼んでいます。
ビジネスにおいても同様で、それぞれの違いを受け入れ、各自の能力や個性を伸ばして生かすといった考え方がインクルージョンです。
人材の多様性(ダイバーシティ)については以前から積極的に推進されていましたが、それだけでは問題が生じていました。ただ多様な人材や個性を受け入れるだけでなく、インクルージョンには適材適所で活躍できるよう能力を生かすといった発展的な意味合いがあります。
ダイバーシティ&インクルージョンが注目されている背景
ダイバーシティ&インクルージョンが注目されるようになった背景には、次のような理由があります。
- 人材不足解消のため
- 顧客ニーズやリスクへの対応のため
- 企業価値向上やイノベーション向上のため
順に見ていきましょう。
人材不足解消のため
少子化による働き手の減少は、社会全体の問題となっています。特に従来の「男性・フルタイム勤務」を前提とした労働条件では人材が集まらなくなってきました。そこで多様な属性の多様な人材から確保していく必要が出てきました。
- パートタイムや時短勤務
- リモートワーク
- 定年後の再雇用
- 外国籍の人材活用
このように、それぞれの状況に合わせた雇用形態を用意し体制を整えます。積極的に対応することで、企業価値も上がり豊かな人材を確保しやすくなるります。
顧客ニーズやリスクへの対応のため
以前に比べ、生活スタイルや価値観が多様化してきています。それにともない顧客ニーズも多様化し、もとめられる商品やサービスも一部の層に深く刺さるものとなってきました。
その変化に対応するために、企業側も多様な属性、感性、能力、経験、価値観を持った人材を確保する必要が生じてきました。
能力あるさまざまな属性の人材が働きやすいよう、体制を整える努力のひとつがダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みなのです。
企業価値向上やイノベーション向上のため
新しい価値観の理解は企業イメージや価値の向上に貢献します。例えばLGBTへの理解、障がい者の積極雇用、女性リーダーの創出などです。サポートのための制度導入や施設の利便性向上への取り組みなどは、そのまま企業の知名度アップや組織改革にもつながるでしょう。
さらに、さまざまな属性の人材が自由に意見を交換することで、今まで気付かなかった新たなサービスや製品が生まれるケースもあります。
ダイバーシティ&インクルージョンを推進する5つのステップ
実際に、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するには次の5つのステップでおこないます。
- 経営戦略に組み込む
- 推進する体制を構築する
- 全社的なルールと環境の整備を行う
- 社員全体の行動・意識の改革を行う
- 定期的に見直して文化形成を図る
それぞれのステップを自社にどのように取り組んでいくか考えてみましょう。
1.経営戦略に組み込む
ダイバーシティ&インクルージョンを推進すると決めたら、経営戦略に組み込みましょう。企業の経営理念と行動指針との関係性を明確にし、ビジョンとして打ち出します。
- どのような組織を作るべきか
- 実現のために必要なものは何か
活動の目的と目指す姿を明確にしたうえで、具体的な戦略を計画に落としこみます。
2.推進する体制を構築する
具体的な行動計画のひとつとして体制の構築があります。どのような体制で導入し、誰がリーダーとなるのかの決定です。
導入方法としては、次のような型があります。
- 経営者率先型
- 総務人事主導型
- 専門組織設置型
- プロジェクトチーム型
比較的規模が小さい企業であれば、経営者の強いコミットメントによって施策への取り組みもスピード感を持って進められるでしょう。総務人事が担う場合は、制度の設計や改定などがスムーズにおこなえます。
組織が大きくなるほど専門チームの設置が重要になってきます。ただし、最初は各事業部門との連携をスムーズにするために、トップダウンの指示出しが必要となるでしょう。
3.全社的なルールと環境の整備を行う
多様な人材をいかすためには人事制度の整備が不可欠です。その際に重視するのは次のような点です。
- 職務を明確にする
- 公平性や透明性のある評価基準にする
以上に加え、勤務形態や職場環境の整備も不可欠です。育児や介護のために労働時間の制約がある社員のためにフレックスタイムや在宅勤務など自由に選べるようにする、外国人従業員のためのマニュアルや研修を用意する、障害がある社員でも自由に移動できる環境を整えるなどです。
一度ルールや環境を整備しても油断は禁物。多様なニーズに応えられるよう、現場の声を参考にしながら導入後も改善を重ねるようにしましょう。
4.社員全体の行動・意識の改革を行う
これまでと違うルールや価値観の導入にあたって、社員の意識改革も必要です。ルールや制度を整えても、利用する社員の意識が変わっていなければ意味がありません。
スタッフの能力を生かすためには、管理職の理解とマネジメントが重要です。そのため社内向けの研修などで、具体的な行動や意識変革を促すよう働きかけていきましょう。
5.定期的に見直して文化形成を図る
新しい体制や価値観は、一度伝えたら終わりといったものではなく、浸透するまで繰り返し伝える必要があります。
会社のビジョンや目標と同じで、新しい取り組みで終わらせるのではなく、文化として定着させるまでがゴールです。そのため定期的に見直し、必要であればルールや体制の手直しも定期的におこないましょう。
ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む際のポイント
ダイバーシティ&インクルージョンに取り組み際には、注意すべきポイントがあります。
- 両方の要素を理解する
- 経営と関連性の高い取り組みを全社で行う
- 法律や制度を熟知する
これらのポイントを踏まえておけば、スムーズな導入に役立つでしょう。
両方の要素を理解する
ダイバーシティとインクルージョンはそれぞれ別の考え方であるため、両方を理解したうえで導入する必要があります。
もともとダイバーシティが先に提唱された概念でした。しかし、多様な人材を受け入れただけでは問題が生じるようになりました。雇用された人材がマイノリティとしてほかの社員から差別されたり排斥されたりすることが生じました。
女性の雇用も「能力が低いのに雇用目標のために採用された」など不当に評価された結果、社内で居場所がなくなり退職に追いやられたケースも。ダイバーシティはインクルージョンがあってこそ成り立つことを理解しておきましょう。
経営と関連性の高い取り組みを全社で行う
ダイバーシティ&インクルージョンは経営価値を高めるものとはいえ、すぐに効果が出るものではありません。経営と関連性の高い取り組みから始めて、全社でおこなうようにしましょう。
経産省がダイバーシティのための行動ガイドラインとして全社で取り組む「3拍子」を提示しています。
画像引用:経済産業省|3拍子で取り組む~多様な人材の活躍を実現するために
この「3拍子」がそろった中堅・中小企業は、そうでない企業と比べて経営成果が良いとも示しています。実際、売上高・営業利益ともに勝っており、その秘訣として「多様な人材が実際に現場で活躍していくための取り組みとセットで進めていくことがポイント」と指摘しています。
画像引用:経済産業省|3拍子で取り組む~多様な人材の活躍を実現するために
法律や制度を熟知する
日本政府は、人口減少にともなう人材の不足を補うために、ダイバーシティ&インクルージョンを推進する法令や制度を整えてきました。
代表的なものに次のような制度があります。
制度 | 特徴 |
くるみん | 子育て支援に取り組む企業の証として厚生労働大臣が認定する制度。認定されると自社の広告物に掲載でき、企業のイメージアップにつながる |
女性活躍推進法 | 女性の採用・昇進などの機会を積極的に提供し配慮する仕事と家庭の両立に必要な環境を整備する従業員301人以上の企業には男女の賃金の差異を公表する条件を満たせば「えるぼし認定」がもらえ「女性の活躍推進企業データベース」に掲載される。 |
障害者雇用促進法 | 障がいがない人と同様に能力や適性に応じた雇用機会を創出すること事業主は全従業員の2.3%の障がい者を雇用すること環境整備のために「障害者雇用納付金制度」を利用できる |
高年齢者雇用安定法 | 定年を70歳に引き上げる定年制の廃止希望すれば70歳まで業務委託契約を締結できるなど |
外国人の雇用 | 外国人の雇用は在留資格を確認しハローワークに届け出る。教育訓練経費の補助として「中小企業緊急雇用安定助成金」や「雇用調整助成金」などを受給できる。 |
パートナーシップ制度 | 戸籍上は同性のカップルが婚姻と同等のパートナーであることを承認する制度。社内規定で認める企業もある。 |
以上のような支援制度を熟知し、導入のためのサポートに利用しましょう。
参照:
厚生労働省|子育てサポート認定企業「くるみん」
厚生労働省|女性の活躍推進企業データベース
厚生労働省|障害者雇用促進法の概要
厚生労働省|外国人の雇用
日本の人事部|パートナーシップ制度
ダイバーシティ&インクルージョンの事例
最後に、ダイバーシティ&インクルーションを取り入れた企業の事例をご紹介します。
- 野村証券株式会社
- 大橋運輸株式会社
- 日本理化学工業
それぞれの例を参考に自社へ導入するヒントとしてください。
野村證券株式会社
野村グループは、約90の国籍の社員が働いている国際企業です。多様性を尊重した人材の育成を最重要課題のひとつととらえており「野村グループ行動規範」に次のように定めています。
- 平等な雇用機会の提供
- 国籍、人種、性別、性自認、性指向、信条、社会的身分、障がいの有無等を理由とする一切の差別を行わない
推進のために、倫理規定の改定、部門を超えた社員同士の交流、理解を深めるための研修などをおこない、全社員が身近な課題として意識するよう働きかけています。
さらに2016年には、女性、シニア、外国籍社員などの多様な社員の活躍推進を経営レベルで審議する機関を設置。「グループ・ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言」によりグループ全体で多様な社員を活かす職場環境を形成するという強い意志を示しました。
引用:<グループ・ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言> 我々は、国籍・人種・性別・性自認・性指向・信条・社会的身分・障がいの有無等に限らず、それぞれの価値観、経験や働き方なども含めた、広い意味での多様性を尊重し、互いに認め合い、社員ひとり一人が自らの持つ能力や個性を発揮し、活躍できる職場環境づくりに取り組んでいきます。
その後、エクイティ(公平性)を加えたダイバーシティ、エクイティ&インクルーション(DEI)を推進するために、ワーキンググループを設置し、環境作りを進めています。
画像引用:野村証券株式会社|ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン
大橋運輸株式会社
愛知県で陶器輸送を主要事業としてきた大橋運輸株式会社。大手企業の下請けとして価格競争の激化や労働力不足、長時間労働が課題でした。採用の間口を広げるために、女性の積極採用とともに女性活躍推進の取り組みを開始。ほかにも高齢者の雇用延長や新規採用、外国人の現地採用、LGBTQ 社員の採用と活躍のための基盤づくりなどに取り組んでいます。
さらに次のような取り組みも積極的におこない、社員が働きやすい制度を整えています。
- 社員から社長へ直接相談ができる「社長直通メール」
- 短時間勤務制度
- ジョブローテション制度
就業規則には「働き方や年齢・国籍・障がいの有無などによる不平等な扱いや差別を禁止する」と明記。10年にわたる取り組みが評価され、中小企業では初めて「100選プライム」にも選出されました。その取り組みは、職場環境の向上、採用力の強化、サービス品質の向上などの成果につながっています。
※「100選プライム」とは:ダイバーシティ推進を経営成果に結びつけている企業の先進的な取り組みを広く紹介し、取り組む企業のすそ野拡大を目指したもの。経済産業省は「新・ダイバーシティ経営企業100選」として、平成24年度から令和2年度まで経済産業大臣表彰を実施。
日本理化学工業
■全社員の7割が知的障害を持つ社員で構成された日本理化学工業は、ダイバーシティという点において非常に先進的な試みをしている企業です。障害者を主力の人材として雇用し、健常者と混ざって働く職場のかたちを構築しました。
■同社では障害者が働くためのさまざまな工夫がなされています。数字が苦手な知的障害者のために、数字を使わず色ごとに区別した容器や重りで重量を測ります。また、時計が読めない障害者のために数種類の砂時計を使ったり、使用する段ボールにはガムテープを貼るガイドラインがあったりします。
■こうした数々の工夫により同社の工場では他企業と遜色のない生産性を上げることに成功しています。また、そうした取り組みに顧客や自治体も共感し、同社を支援しようという輪が広がり続けています。ダイバーシティ&インクルージョンを競争力にうまくつなげた事例として注目を浴びています。
まとめ
ダイバーシティ&インクルージョンは、変化の急激な社会への対応と企業価値の向上を両立させるための取り組みです。また、対応のためには、次のような取り組みが必要だとわかりました。
- ビジョンの策定
- 体制の構築
- ルールの整備
- 社員の意識改革
- 定期的な啓発と改善
時間と負担がかかるかもしれませんが、長期的に見れば社員の意欲向上、能力発掘、優秀な人材の採用などに結びつくはずです。現場の意見を取り入れながら根気強く取り組んでいきましょう。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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