あなたは過去の成功した体験や失敗した体験に固執し、新たな視点やアプローチを見落としていませんか?これは多くの人が直面する成長速度が鈍化する理由の1つです。そこで、解決策として提案したいのが「ダブル・ループ学習」「シングル・ループ学習」「トリプル・ループ学習」の考え方です。この手法は、結果をもたらした前提を見直すことで、常識や既存の枠組みを超えて新たな可能性を探求します。ダブル・ループ学習は、「忘却」(アンラーニング)とも言えるかつての成功体験を捨てるプロセスであり、アメリカ・ハーバード大学の名誉教授であったクリス・アージリスが提唱しました。
そもそもシングルループ学習とは
シングルループ学習は、「行動とその結果」に基づく反応的な学習プロセスです。行動が期待した結果に結びつかなかったとき、その具体的な結果を修正することで学習が行われます。この方式は直感的でスピーディー、日常生活や業務において頻繁に利用される学習モデルです。
たとえば、特定の課題に対する初めての解決策が失敗した場合、シングルループ学習のフレームワークではその具体的な失敗点を修正し、再度同じ課題に取り組みます。このアプローチは「試行錯誤」に相当し、具体的な技術や手法を効率よく習得する際に有用です。
例:料理で塩分が不足していると感じた場合、次回は塩を多く加えるといった具体的な調整を行います。
ダブルループ学習では、単に結果を修正するだけでなく、「なぜその結果が出たのか」、「自分たちがどういう前提やフレームワークで考えていたか」等深層部分まで振り返ります。
シングルループ学習とダブルループ学習の比較
シングルループ学習
シングルループ学習は、現象の表面にある「何がうまくいっていないか」を特定し、それに対する具体的な修正策を採用するアプローチです。例えば、製品の不良率が上昇した場合、この学習スタイルは不良品の具体的な原因を特定し、それに対処して不良率を低減させます。
ダブルループ学習
ダブルループ学習は、問題の根本原因や制度、価値観に目を向け、それらを見直す学習スタイルです。「なぜ問題が発生したのか」を深堀りし、必要であれば戦略や方針自体を変えます。製品の不良率が上昇した同じ例において、この学習スタイルは不良品が生じる制度やプロセスそのものを評価し、改善することを目指します。
シナリオ別比較
- 品質管理:
- シングルループ: 不良品の頻度を減らすために製造プロセスを修正。
- ダブルループ: 製造方針や文化自体を変更して不良品が生まれにくい環境を作る。
- プロジェクト遅延:
- シングルループ: タスクの効率を向上させる。
- ダブルループ: プロジェクトのスコープや人員配置を再評価。
- ユーザーエクスペリエンス:
- シングルループ: ユーザーのフィードバックに基づいてUIを修正。
- ダブルループ: ユーザーが求めている根本的な価値を理解し、製品やサービス自体を再設計。
ダブルループ学習のメリットとデメリット
ダブルループ学習は問題解決と自己改善のための進化したアプローチであり、その背後にある思考パターンや制度まで考慮に入れます。この方法は、持続可能な改善と高い適応能力を提供する一方で、時間、組織文化、そしてリスクといった制約条件も有します。
利点
- 深層的な学習: ダブルループ学習は、単なる状況対策ではなく、その背後にある思考パターンや価値観も対象とする。これによって、より根本的な問題解決が可能となります。
- 持続可能な改善: 根本的な原因を特定し対処することで、同じ問題の再発を防ぐため、改善効果が長期間続きます。
- 柔軟性: 新たな状況や情報に適応する能力が高まる。これは特に、変化の速い産業やプロジェクトで有用です。
制約条件
- 時間とリソース: 深層的な原因分析や制度の見直しには、シングルループ学習よりも多くの時間とエネルギーが必要です。
- 文化的・組織的障壁: 既存の価値観やプロセスを変更することは、しばしば文化的な抵抗や政治的な障壁に遭遇します。
- リスク: 根本的な変更を行う過程で、新たな問題や不確実性が生じる可能性があります。
ダブルループ学習は深層的な学習と持続可能な改善を可能にする一方、時間とリソースの消費、組織的な障壁、そして新たなリスクが伴うという点が大切です。
デザイン思考における応用例
ユーザーエクスペリエンスの深層理解
ダブルループ学習のデザイン思考における応用は、表面的なユーザーフィードバックを越えて、問題の根本原因まで洞察する能力を高めます。このアプローチはデザイン思考の反復的なサイクルに自然に組み込まれ、より深いユーザーエクスペリエンスの理解と持続可能な解決策の開発に寄与します。
具体的な手法は以下の通り:
- ユーザーフィードバックの収集
- 問題点と改善点の特定
- 根本原因の解明
- 新たな解決策の提案と実装
- 結果の評価と反復
この一連の流れがダブルループ学習です。ここでは、「何が起きているか」だけでなく、「それがどうして起きているのか」も理解することが求められます。つまり、表面的な問題だけではなく根本的な原因も探求する必要があります。
例えば、あるウェブサイトの利用者から「操作が難しい」というフィードバックがあったとします。単純にUIを調整する(シングルループ)だけではなく、「どうして操作が難しく感じられるのか」ユーザーが操作に困難を感じる根本的な理由(例えば、技術的な知識の不足、前提知識の違い等)も探り(ダブルループ)ます。
このようにダブルループ学習を応用することで、短期的な問題解決だけでなく、長期的な改善とユーザーエクスペリエンスの質の向上が可能です。
顧客ロイヤルティの構築
手法の概要は以下の通り:
- 顧客の購買行動やフィードバックを分析
- プロダクトやサービスの改善点を特定
- 顧客行動の根本原因を探る(価値観、文化、習慣等)
- 根本原因に基づいた新たなマーケティング戦略を設計
- 実施と評価、反復
例えば、SaaS製品の再購率が低いという課題があった場合、単に製品機能を強化する(シングルループ)だけでなく、顧客が再購を行わない根本的な理由(例えば、製品がビジネスプロセスに適合していない、高いTCO等)を深堀りします(ダブルループ)。
ダブルループ学習は、単なる製品改善に留まらず、顧客ロイヤルティを高める戦略的な施策を実施することが可能となり、結果として長期的なビジネス成長に寄与します。
個人がダブルループ学習を身につけるメリットと方法
ダブルループ学習のメリット
ダブルループ学習は、単なる問題解決を超えて、深層の理解と改善を目指す学習方法です。特に学生や若手ビジネスマンにとって、このアプローチは問題解決能力、戦略的思考、自己認識、柔軟性、そして持続可能な成長といった、多方面でのスキルアップにつながります。
- 問題解決能力の向上: ダブルループ学習を用いると、問題の根本原因まで探ることができます。これにより、単なる一時的な解決ではなく、根本から問題を解消する力が身につきます。このような深い分析力は、職場だけでなく、日常生活においても有用です。
- 戦略的視野: このアプローチは、細かいタスクから戦略的な視野までを広げる助けになります。つまり、自分の行動が大局的にどのように影響するかを理解できます。これにより、戦略的思考が養われ、より効率的な意思決定が可能となります。
- 自己認識の深化: ダブルループ学習は、自分自身の信念や価値観についても考察します。これは自己理解を深め、より確固たる自信を築くために役立ちます。それにより、自己効力感も高まり、困難な状況においてもより適切な行動をとることが可能となります。
- 柔軟性と適応力: 新しい情報や状況変化に素早く対応する力が養われます。この柔軟性は、今日の急速に変化する世界で非常に価値のあるスキルです。
- 持続可能な成長: ダブルループ学習は、短期的な成功よりも持続可能な成長を目指します。そのため、長期的に見ても価値のあるスキルと言えるでしょう。特に、組織内でのキャリア成長や個人のスキルセットの拡充に寄与します。
総じて、ダブルループ学習は問題解決から自己認識、適応力に至るまで、多角的なスキルセットを身につける助けとなります。これができれば、プロフェッショナルとして一歩先を行く力が身につくでしょう。
個人がダブルループ学習を身につける方法
ダブルループ学習は、単なる問題の修正(シングルループ学習)ではなく、問題の本質を理解し改善を目指すものです。このダブルループ学習を身につけるために有効なフレームワークであるリフレーミング、5Whys、そしてPDCAサイクルを紹介しますので活用してください。今よりももっと根本的な解決力と柔軟な適応力を身につけることができます。
フレームワーク1: リフレーミング
- 問題認識: まず、直面している問題や課題を明確にします。
- 前提の特定: その問題に対する既存の解釈や前提をリストアップします。
- 前提の挑戦: 既存の前提に疑問を投げかけ、代替の視点を考えます。
- 新たな枠組みでの解決策: リフレーミング後の視点から解決策を再構築します。
フレームワーク2: 5Whys(なぜなぜ分析)
- 初期問題の特定: 問題を認識し、最初の「なぜ?」を尋ねます。
- 根本原因の追求: 初期の「なぜ?」に対する回答を基に、さらに4回「なぜ?」と問い続けます。
- 解決策の構築: 最後の「なぜ?」で特定された根本原因に対処する解決策を考えます。
フレームワーク3: PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルにおけるダブルループ
- Plan: 解決策の計画をしますが、その際に前提や制約も考慮に入れます。
- Do: 計画を実行します。
- Check: 結果を評価し、シングルループ学習による修正点だけでなく、前提自体も見直します。
- Act: 新たな認識に基づいて次の行動(Plan)を起こします。
以上のフレームワークを使うことで、ダブルループ学習を体系的に行い、個々の課題だけでなく、その背後にある思考パターンや制約も改善することが可能です。これにより、問題解決能力が高まり、より柔軟かつ効果的な行動が取れるようになります。
組織がダブルループ学習を身につけるメリットと方法
ダブルループ学習のメリット
ダブルループ学習は組織にとって成長と持続的な成功のための強力な手段です。これは特に複雑な課題や不確実性の高い環境で有効です。主な利点としては以下のような点が挙げられます。
- ダイナミックな問題解決能力: ダブルループ学習は単なる症状の解消ではなく、問題の根本原因に対処します。例えば、新商品の失敗率が高い場合、シングルループ学習で「どうすれば失敗しない商品を作れるか」を考えるのではなく、ダブルループ学習では「なぜ失敗してしまうのか」を考察し、その根本的な問題に対処します。
- 柔軟性と創造性の促進: ダブルループ学習は固定された考え方や方法からの脱却を促し、新しいアイデアやアプローチを養います。これにより、組織は変化に対する適応性と創造性が高まります。
- 持続可能性: ダブルループ学習を実施すると、問題が再発するリスクを大幅に減らすことができます。これは、問題の根本的な解決に焦点を当てるからです。
- 組織文化の改善: ダブルループ学習はオープンなコミュニケーションを促し、組織内でのフィードバックと改善のサイクルを活性化します。この結果、組織文化自体が向上し、総合的なパフォーマンスに寄与します。
このようにダブルループ学習は、単なる問題解決以上の広範なメリットを組織に提供します。実施することで、組織はよりレジリエントで、持続可能な成長が可能となります。
組織がダブルループ学習を身につける方法
システマティックな問題解析
まず、問題を深く理解するためのフレームワーク、例えばSWOT分析(Strengths, Weaknesses, Opportunities, Threats)を用いて、内部の強みと弱点、外部の機会と脅威を列挙し組織内外の要因を明確にします。
この段階で重要なのは、分析結果をただリストアップするだけでなく、それらが組織の目標や業績にどのように影響するのかを理解することです。
前提条件を疑う
ここでいう前提条件とは、業績評価の基準や、何が「良い結果」であるかなど、組織文化に内在する信念や価値観です。”5 Whys”テクニックを用いて、問題の根本原因を探ることで、新しい可能性が見えてきます。従業員がなぜそのような行動をとるのか、既存のルールがどのようにパフォーマンスに影響を与えるのかを理解し、本質的な前提条件を探ります。
多角的ブレインストーミング
ここでの多角的とは、異なる専門分野や役職、さらには外部の専門家まで参加させることで、一方的な視点に陥らないようにすることです。昨今、ダイバーシティやインクルージョンが強調されますが、異なる背景を持つ人々を交えてアイデアを出し合います。これはデザイン思考の「共感」フェーズにも似ており、多様な視点が集まることで新しい解決策が見えてくる可能性があります。
環境整備
メンバーが自分の考えや失敗をオープンに共有することで、より高いレベルの学習と改善が促されます。そのためには、チーム内で安全なアウトプットとフィードバックが行える環境を定期的に作ることが必要です。心理的安全性を高める環境を作ることで、メンバーが失敗を恐れずに新しいアプローチを試みられるようになります。
フィードバックループの強化
実施した改善策の効果を定量的、または定性的に評価し、そのデータをもとに次の行動計画を練るフィードバックは、組織全体で共有され、次のダブルループ学習のサイクルに活用しましょう。これによりダブルループ学習のサイクルが完成します。
トリプルループ学習とは
トリプルループ学習はダブルループ学習の進化形として捉えられ、その適用範囲は個人から組織、さらには社会全体に及びます。このアプローチは、問題解決のプロセス(第一ループ)、その背後にある仮定や価値観(第二ループ)に加え、「学習の学習」つまり学習そのもののプロセスとメカニズム(第三ループ)に焦点を当てます。トリプルループ学習は、組織文化や制度、個人のアイデンティティにまで遡るため、より根源的な影響を与えることができ、より広範で持続可能な変革を可能にします。
誤解を避けるために言うと、ダブルループ学習が「何を」や「なぜ」を問うのに対し、トリプルループ学習は「学習そのものがどのように行われるべきか」について考察します。このようにして、組織や個人は自己改革のサイクルをより効率的、かつ持続可能なものへと昇華させることができます。
第一ループは問題解決に直接関わる「何を」修正するか、つまり改良です。
第二ループは「なぜ」その問題が生じたのか、そしてその解決策がどういった前提や価値観に基づいているかを考察するレベルです。例えば、ユーザーエクスペリエンスにおいては、なぜユーザーが特定の機能を使いこなせないのか、その背後にある仮定や状況を理解することが含まれます。
第三ループでは、問題解決の方法論やその背後にある前提そのもの、さらには組織文化やアイデンティティのような「環境」に至るまで、全体的なプロセスに目を向けます。これがトリプルループ学習の最も高度な形態であり、デザイン思考が持つ多角的、人間中心のアプローチを最大限に活かすための表現とも言えるでしょう。
Q1: ダブルループ学習って何ですか?
ダブルループ学習は、単に問題解決手法を選ぶ(シングルループ)だけでなく、その背後にある仮定や価値観を評価・修正するプロセスです。つまり、”何をやっているか”だけでなく、”なぜそうやっているのか”も考察する手法です。
Q2: 個人がダブルループ学習を始めるメリットは何ですか?
個人レベルでダブルループ学習を適用すると、問題の根本原因に対処する能力が高まるだけでなく、自身の価値観や信念に対する深い理解が得られます。これが自己成長やキャリア発展に直結します。
Q3: 組織全体でダブルループ学習を取り入れるメリットは何ですか?
組織レベルでダブルループ学習を採用すると、チームや部署が持つ暗黙の仮定や規範を明示的にし、持続的な改善とイノベーションを促進することができます。
Q4: ダブルループ学習って難しくありませんか?
専門的な言葉やコンセプトが多いため、初めて聞くと難しく感じるかもしれません。しかし、基本的なフレームワークを理解すれば、その応用は無限に広がります。
Q5: デザイン思考とどう関連していますか?
デザイン思考とダブルループ学習は、どちらも根本的な問題解決とイノベーションに寄与します。デザイン思考は主にユーザーのニーズに焦点を当てるのに対し、ダブルループ学習は内部の価値観や仮定に焦点を当てます。これらを組み合わせることで、より全面的な解決策が見つかる可能性が高まります。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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