アテンションエコノミー
Attention Economy
情報が価値を持つ時代と言われるようになって久しい現代、インターネット技術の発達やデバイスの進化により、今まで以上に情報の価値が重視されるようになりました。一方で、アテンションエコノミーと呼ばれる概念が登場し、注目されるようになっています。
アテンションエコノミーは、それ自体が悪い意味を持っているわけではありません。しかし、爆発的に情報量が増加している昨今において、アテンションエコノミーとの付き合い方を意識しなければならないという現状があるのです。
本記事では、アテンションエコノミーの概要と注目されている理由、アテンションエコノミーが与える影響と付き合い方について解説します。
- IT化に伴い情報が溢れた今日において、人々の「関心や注目の獲得(アテンションの獲得)」が経済価値を持ち、貨幣のよう貴重な資源となった
- 多くのオンラインサービスのビジネスモデルが、サービスをユーザーに無料提供しながら、私たちの注意(Attention)を得ることで広告収入を得るビジネスモデルをとった。その結果、人々の「注目(Attention)」が、貨幣のように価値を持つことになった。
バズることが価値をもつ。SNSやYouTubeで配信者が炎上しがちなのもこのため。
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アテンションエコノミーとは
人類の織りなす社会でもっとも希少な資源は、私たちの知能です。一人一人、使える時間はせいぜい1日の中で十数時間と決まっており、そのうちの何割かを日常生活に、何割かを仕事に、何割かを余暇に…と割り振って生きています。
この希少なる私たちの知能の、果たしてどれだけの割合を専有できるか、という競争がいま経済界では起こっています。典型的な例としてはエンターテインメント業界です。他人より目立つこと、人々の話題の中心にいること。そうして私たちの知能の中に居続ければ、それだけお金が流れてくるのです。
YouTuberが過激になるのも、TikTokerがセクシーに踊るのも、インフルエンサーが物欲にまみれた写真をアップするのも、ご意見番タレントが逆張りするのも、芸能ウラ話の暴露も、すべてアテンションを得たいがためといえます。アテンションはそれほどに現代経済で大きなインパクトをもちますが、それゆえに社会問題の引き金となることもあります。
アテンションエコノミーという概念が生まれた歴史
アテンションエコノミーとは、大衆の関心や注目されている情報が経済的価値を持つとする考え方です。1997年に、アメリカの社会学者であるゴールドハーバーが提唱した経済学用語で、日本語では「注意経済」「関心経済」とも呼ばれています。
もともとは1969年に、心理学者であり経済学者でもあるハーバート・サイモンが提唱した考え方が基礎となっています。「アテンションエコノミー」という名前をつけたのは、先述したゴールドハーバーですが、その基礎は半世紀以上前から提唱されていた概念です。
インターネット技術の発達により、爆発的に情報量が増えている昨今において、情報の信憑性を見分けるスキルは必須とも言われています。しかし、近年では情報の真偽よりも注目度に重きが置かれている傾向にあり、それが資源や交換の素材となっている現状があります。
言い換えれば、どれだけその情報に注目が集まっているかというのが重視される時代になったということです。基礎の提唱者であるハーバート・サイモンは、1969年の時点でこのような時代がやってくることを予測していたのです。
アテンションエコノミーが注目されている理由
アテンションエコノミーが注目されている背景には、インターネット技術の発達と情報の爆発的な増加が関係しています。
今やインターネットは、我々人間の生活に欠かせない存在であり、社会インフラの一部です。この技術の進化とともに、FacebookやTwitter、InstagramなどのSNSが登場し、搭乗以前と比較すると比較にならないほどの情報量にさらされることとなりました。
また、以前は情報を得るために金銭的対価を払うことが必要とされていましたが、SNSやYouTubeなどのプラットフォームの登場とともに、その常識が崩れ去ったのです。
一方で、プラットフォームを運営する企業の収入源は、主にプラットフォームに掲載される広告収入です。目標は広告によって異なりますが、閲覧された回数やクリックされた回数によって、プラットフォームを運営する企業に支払われる金額が変わります。つまり、SNSなどのプラットフォームを提供する企業は、我々の注意(アテンション)を引くことで資源を得ているのです。言い換えれば、アテンションエコノミーなしではSNSプラットフォームを提供する企業の存続はありえないということになります。
近年は広告の存在も珍しくなくなり、無視をするユーザーも増えてきました。しかし、プラットフォームの運営者側は、少しでも注目を集めるための工夫を今も日進月歩で考えています。そこに情報の真偽は関係なく、いかに注意を引き、プラットフォームに長く滞在してもらうかが鍵となっているのです。
事例紹介
BTS
■アテンションエコノミーの重要さやその構造をもっともよく分析・理解し、活用したのがK-popです。オンライン空間上で「目立つ」「バズる」ことの重要性にいち早く気づき江南スタイルのPsyなどのヒットを仕掛けてきました。
■そうした取り組みでもっとも成功したのがBTS。もちろん当人たちのタレント性の高さや、楽曲、ダンスのクオリティの高さがあってこそですが、2022年の活動停止前にリーダーのRMが発した言葉がK-popの仕組みの過酷さを物語っています。「私たちがどんなチームなのかよく分からなくなっていた。~中略~K-POPアイドルシステム自体が、私たちを放っておかない。何かを作り続けなければならないし、やらなければならない」
■RMの言葉は、アテンションエコノミーの光と影をよく顕しています。活用することで大きな成功を得られるけれども、話題の中心に居続けなければならない辛さ、自分のやりたくないこともまでも、やり続けなければならない辛さが、彼の言葉から垣間見れます。
アテンションエコノミーが与える影響
アテンションエコノミーは、主にSNSプラットフォームを提供している企業にとって非常に重要な資源の獲得源です。一方で、アテンションエコノミーが現代社会の経済に悪い方面で影響を与えているという意見も出始めています。具体的には、次のような悪影響が出ていると言われています。
- SNSプラットフォームへの依存とメンタル不調
- プライバシー侵害や選択権の侵害
- 広告・コンテンツの質の低下
これらの問題は非常に深刻であり、何らかの形で解決しなければならないと言われています。どのような構造の問題なのか、それぞれの章で詳しく見ていきましょう。
SNSプラットフォームへの依存とメンタル不調
大きな問題となっているのが、いわゆるSNS依存症です。SNSプラットフォームの多くは、ユーザーが直感的に使いやすく、かつデザイン性の高いものになっています。これは、ユーザーに少しでも長くプラットフォーム内にとどまってほしいという思いから構成されているものです。
終わりのない情報の更新や、リアルタイムで届く通知、自動で再生される動画や魅力的なイラストなど、なかなか離れられないような構造になっています。その結果、SNSを閲覧しているデバイスが手放せなくなり、SNSなしでは不安にかられるようになってしまうのです。
この件に関しては、GAFAのうちの2社に所属していた社員が、それぞれ暴露しています。特にFacebookに関しては、そのアルゴリズムが怒りを促すコンテンツを表示する仕組みになっていることが発覚しました。理由はFacebookの広告収入の仕組みと、ゆかりの感情がエンゲージメントにつながると判断したためです。
SNS依存症になると、SNS上に表示される情報以外に対して注意が3万になってしまいます。その結果、集中力の低下やメンタル不調に繋がっていると考えられています。
プライバシー侵害や選択権の侵害
SNSが広告を出す仕組みは、ユーザーの属性や検索履歴から、興味関心があるであろうコンテンツを表示するという流れです。言い換えれば、SNSの利用中は常にプラットフォームによって監視されており、無意識の間に個人情報が筒抜けになっているということです。
多くの企業は、情報を自動収集する際は利用規約にその旨を記しています。しかしユーザー側はそのようなことは気にしておらず、無意識のうちにプライバシーが侵害されていることに気がついていません。
この問題は2010年頃から注目されており、コンピューター科学者であるクリスチャン・フックスの研究結果でもSNSの自動情報収集に対して不快感を覚えているユーザーがいることがわかっています。
また、この研究の過程で、広告の存在を受け入れなければSNS上で友人や知人と交流ができないという問題も指摘されました。従来、広告を見る・見ないの選択ができるのが普通ですが、SNSでは強制的に広告が表示されるため閲覧せざるを得ません。これは選択権の侵害にあたるのではないかという主張がされる理由となっており、現在も議論が続けられています。
2016年には、アメリカの大統領選挙に関わる情報をロシアが入手し、大規模なサイバーテロを仕掛けるといった事件にも発展しています。イギリスのブレグジットでも同様の事態が発生したとする報道もあり、自動収集されたデータがサイバー攻撃に利用されたことが明るみになったのです。
広告・コンテンツの質の低下
ユーザーの注目を集めることに腐心するあまり、表示される広告やコンテンツの質が低下しているという問題も指摘されています。アテンションには経済的な価値があるため、広告やコンテンツの質を求めるよりもユーザーの興味を引くことが重視されているのが現状です。その結果、広告やコンテンツの表現や構成が誇張されたり、過激になったりしています。
また、広告を出稿する側が「数うちゃ当たる」方式で低品質な広告やコンテンツを量産し、SNS上で公開しているのも問題です。制作される広告やコンテンツの数が増えればその分ファクトチェックはおざなりになってしまい、誤情報が含まれていても気が付かないという可能性も考えられます。
仮に誤情報を載せた広告やコンテンツが公開されれば、誰かが不利益を被る可能性も否定できません。本来評価されるべきはずの良質な広告・コンテンツが、他の低品質なコンテンツに埋もれてしまう可能性もあるでしょう。届けるべき人に広告・コンテンツが届かなくなる可能性があるのが、アテンション重視の低品質な広告・コンテンツが与える悪影響と言えます。
アテンションエコノミーとの付き合い方
ここまでの解説で、アテンションエコノミーについて悪いイメージを持った人もいるでしょう。情報量の増大とSNSプラットフォーマーの資源獲得のために、これらの問題を無視してはいけないと感じた人もいるかもしれません。
一方で、現代社会の経済活動として多大な実績を上げていることも事実です。インターネット技術の進歩やデバイスの進化に伴い発展したSNS、そこに表示される情報やコンテンツを我々のライフスタイルから完全に切り離すことはもはや不可能です。
アテンションエコノミーと上手に付き合うためには、SNSとの向き合い方を考え、コントロールできるようになるべきでしょう。例えばデジタルデトックスや、SNS以外の趣味を発見することです。
仮にSNSから離れるためにスポーツをしたとしましょう。その事実をSNSで発信したところ、プロテインやスポーツジムの広告が出てくるかもしれません。しかしこれはアテンションエコノミーによるマイナスの側面ではなく、健全なSNSの使い方です。アテンションエコノミーと完全に決別することを考えるのではなく。上手に活用して自身にとって有益な情報を手に入れることが、アテンションエコノミーとの上手な付き合い方なのかもしれません。
まとめ
「情報は武器」と言われるほど、情報の価値は日に日に高くなっています。一方で情報の真偽を無視した低品質なコンテンツやフェイクニュースが登場し、計らずも注目を集めてしまっているのも事実です。
インターネットは日進月歩で進化しており、今後もアテンションエコノミーの問題は解決することはないでしょう。プライバシー侵害の問題やSNS依存症も、完全に解決する時は来ないかもしれません。
しかし、アテンションエコノミーと上手に付き合うことができれば、決して悪いことばかりの存在ではないことも事実です。見ても終わらない膨大な情報と適切な距離を取りつつ、自分の意志でSNSと向き合うことが重要です。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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