1%の成功に期待し、99%成功を疑う心理「確率荷重関数」【行動経済学13】
行動経済学の「プロスペクト理論」を扱ってきた全3回のシリーズも今回で最終回となります。もちろん今回も、単独の回として学びがある形になっていますので、楽しんで読んでくださいましたら幸いです。今回扱うのは、タイトルの通り。1%だけども成功する可能性がある、という時に、人はその可能性に賭ける傾向があり、99%成功するというときには、人はその1%の失敗の可能性に非常にコンシャスになる、という現象を説明する理論です。
確率加重関数について
今回扱うのは、確率加重関数という概念です。プロスペクト理論を構成する諸概念のなかでも、一番最後の、決定の瞬間に生じるものです。これこそが、1%とか3%みたいな非常に低い確率で起こる出来事というのを過大に評価してしまう心理を関数として表現したものです。
まずは、そこに私達はどのような心理が働いているのか、これを科学していきたいと思います。
プロスペクト理論ってどんな理論?
改めてプロスペクト理論を振り返っておきます。これは、ノーベル経済学賞に輝く、行動経済学の中核理論です。
トヴァスキーとカーネマンという2人の方によって創始されたもので、私達が非常に難しい確率を伴うような損得の発生する意思決定をするときに、どのように決定をしているのか、これについて従来のモデルを大幅に刷新した。私達の心理が、そこにどう作用しているのか、よりリアルな人間像に沿った意思決定モデルを提案したものです。
プロスペクト理論の意思決定デザイン
このプロスペクト理論というのは3段階からなる意思決定モデルとしてデザインされています。第1ステップでは「前処理」をする。私たちはそこで、過去の経験だとか学んできたことを参照して、だいたいの基準(参照点)をつくる。
次のステップでは評価をする。参照点からプラス・マイナスにどれくらい乖離したのかを評価する。そこでは、このくらい乖離してるのね、純粋に数量を評価しているわけではなくて、心理的にそのズレが拡大されたり縮小されてとらえられている。
そして本日取り扱う第3ステップ「行動」。損得の評価が終わった後には、次にはそれぞれの事象がどれくらいの確率で発生するのか、この確率というものをふまえて、行動を開始します。
結論からいって、人は確率を客観的に評価はできません。
99%だと言われても、いや1%外れたらどうしようと恐れてしまい、また逆に、1%確率で成功するんですよと言われたところで、いや、それって、当たる確率があるっていうことですよねと、過大評価をしてしまう。
低確率は過大に、高確率は過小に評価してしまう
低確率を過大に評価し、高確率を過小評価してしまう、これを表したのがこのグラフ(赤の線部分)なんですけども、まず横軸には客観的な確率、すなわち実際の確率というものを0%から100%まで起こる確率を書いたとしましょう。次に、縦側には、こちらに自分の主観として感じている、これくらい可能性あるんじゃないかなという主観確率を縦に書いたとしましょう。
そうすると、この45度で線を引いたとき、ある区間までは主観確率が実際の確率より高まる。つまり「それが起こる可能性を過大評価する」のです。
実際の確率が例えば1%・2%くらいでも、主観確率、すなわち心の中では5%10%ぐらいあるように、高く評価をしている。それが表されている。
一方、ある区間からは、実際に起こる確率よりも低く主観確率を見積もってしまう。
例えば実際の確率が80%・90%と非常に高い確率であっても、主観確率としては60%とか70%ぐらいの低い確率で私達は評価をしてしまうということです。
このような歪んだ主観確率の推移が、確率加重関数として表現されているのです。
この赤い色で塗った部分の面積が大きいほど、その人は心の中で正しく判断できてないということになる。
様々な状況設定での実験を通じて、このような心理があることを実際に解明していった、これがプロスペクト理論の大きな貢献点です。
背景原理
どうしてこういうことが発生してしまうかというと、私達はその起こった事象や起こらなかった事象を、頭の中でイマジネーションするからです。
このイマジネーションという作用があるから、私達は未来にこういうことが起こったらいいなという希望・期待を抱くことができるわけなんですけども、他方でこのイマジネーションの力によって、私達は「そんなことがもし万一にも起こってしまったらどうしよう」と確率を歪ませて感じさせてしまうわけなんです。
典型的にはこれですね、宝くじ。宝くじって当たる確率ってほとんどゼロに近いんですよね。それこそ何十億枚に1枚とそういうような当たる確率なのですが、私も含めて皆さんも、誰もそうは評価ができない。宝くじ、買った瞬間から当たりそうな気がしますよね。
これは、頭の中で「1億円とか5億円と当たってしまったらどうしよう」「当たったらこんなハッピーな生活になる」そんなイメージを広げてしまうからです。逆に、外れたときってイマジネーションしにくいですよね。当たったイメージが肥大化するから、当たるはずだと主観確率が高まってしまうのです。
逆の場合はこんな例。「飛行機が落ちそうな気がする」という予感。飛行機が落ちる確率は、宝くじが当たる確率よりも低いと言われています。ということはほとんど飛行機なんて落ちっこないんですけれども、それでも私達は飛行機が落ちてしまったときのことを、イマジネーションできてしまうわけですね。だから不安になる。低い確率を過大評価してしまう。
こうして、イマジネーションが先行するがゆえに、事象の真の発生確率をただしく評価できないのです。
ちなみに、研究の中では、数値が極端になるほど高まることが分かっています。1%よりもむしろ0.1%の確率のほうが、過大評価される。私たちの脳では1000に1回というのをとらえきれないのです。
かくして当たる確率は0.0001%だと言われたとしても、それってつまりは起こる可能性があるってことでしょう、ということで過大に評価してしまう、そういうことが起こったらどうしようと不安になってしまったり、逆にその可能性があるなら頑張ってみようというふうに無謀な挑戦をしてしまうということが起こるわけです。
対策
では、このような私達の心理という非常に悩ましいもの、このようなものに影響されて、うっかり確率というものを見誤ってしまうんだとしたら、どのように私達はそれを対策すれば良いのでしょうか?
実はですね、最も有効な手段は、私達が判断をせずに機械に判断させるということなんです。これが言ってしまえば、AIというものビッグデータというもの。株取引などは、一切の情緒・心理を働かせない機械のほうがパフォーマンスは遥かに高いのです。
実際のところ、私達の社会は、人間判断じゃなくて機会に判断させるほうへと、向かっている。自動車の運転でも、株取引でも。
人間は、99%損をすると言われても、いや違うんじゃないのか、と変に期待をしてしまう。でも、確率が意味するのは、99%損をする。ただ、それだけです。ここまで言ってもまだ、1%の成功の可能性に賭けてその株ホールドしたくなりませんか笑。
運転をしているときにも私達はやっぱりいろいろな可能性を考えながら運転をしていくわけですけれども、それでも私達人間はその正しく確率というものを評価できないのであれば、過去蓄積されたデータに沿って判断をさせた方が、実は運転も安全になる。
製造設備の装置とかも、みんなそうですね。どんどんデータの力を使いながら、人間ではなく、機械に判断させることによって、正しく判断をさせるようになっているわけです。
とはいえ、やっぱり私達が意思決定をしなきゃならない場面は、重大な問題のために残るわけです。
だとしたら、私達はやはりこの確率加重関数というものがあるということを理解した上で、なるべくありのままに実際の確率に基づいて判断するしかない。
そのためのヒントとしては、イマジネーションというものが私達の判断を鈍らせてしまうならば、あえてパッと確率だけ見て判断するとか、情緒性を伴わないような問題に置き換えて判断をする、このような思考トレーニングをしながら、判断力を磨く。
活用法
最後に、逆にこの確率加重関数というものを、あなたが人々に対して適用する、すなわち、人を見てどう物を売っていくのか、マーケティングをしたりとか、組織をどう管理するのかマネジメント、こういったものに応用するなら、どういうことが言えるのか、そこのところを詰めておきましょう。
一番大きいのは、99%と100%では、人々の心理において、めちゃくちゃ大きい差があるということですね。
絶対にもらえます。絶対にこういうメリットがあります、絶対にこういう評価をします。この絶対というものを、人々はめちゃくちゃ喜ぶわけですね。99%こうなります、だと、それはダダ下がりする。1%を残してしまうかどうかが、顧客満足、従業員満足の分かれ目です。
人事評価だとか組織マネジメントでも同様で、絶対にこれをやります、と約束するのと、9割9分間違いなく実行しますよ、ということの差はでかい。100%保障してあげることが大切なのです。
逆もある。損をさせざるを得ないことについては、回避の可能性を1%でも残すんです。この商品を買ったときに、キャンペーンで100人に1人は無料になりますというと、その確率は人々を狂喜乱舞させる。
組織マネジメントにおいても、低い確率、10%ぐらいの確率でボーナスが出るというだけで、人々はそれに期待をしてくれるようになるのです。
かくして、これ以上話すとちょっと悪用気味になってしまうかもしれませんが、悪用は厳禁ですけれども、やっぱりこれって人間の心理の一つのポイントなわけです。
私達にはこういう心理があるということを知っておきまして、ある種の人心掌握、マーケティングなどで、うまく活用して、今までよりもちょっとだけ物事を良い方向に導いてもらえたらと思います。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
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専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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