社員のモチベーションを高めることは、会社の生産性向上にも重要です。
給与の増額や表彰、ノルマの設定など、さまざまな手段がありますが、これらが業務への動機付けを変えてしまい、逆にモチベーション低下につながる可能性があります。
この現象は「アンダーマイニング効果」と呼ばれ、組織運営において考慮すべき重要な課題の一つです。
今回の記事では、アンダーマイニング効果の原因から予防策までを解説していますので、ぜひ参考にして社員のモチベーション管理に役立ててください。
アンダーマイニング効果とは
「アンダーマイニング効果」は、「抑制効果」や「過正当化効果」とも称されています。
1971年にアメリカの心理学者エドワード・L・デシとマーク・R・レッパーによって提唱された概念です。
本来、内発的な動機付けで行っていた活動に外部からの動機付けが影響を及ぼすと、その活動へのモチベーションが減少することが分かっています。
純粋な楽しみや達成感が外部からの報酬に置き換わり、結果として活動そのものへの魅力が薄れてしまうのです。
例えば、絵を描くことが趣味だった人がそれを仕事にすると、「絵を描くこと」が単なる楽しみではなく、報酬を得るための道具として認識され、活動への意欲が低下するケースがあります。
内発的動機づけ
内発的動機づけとは、自分自身の内側から沸き起こる意欲によって自発的に行動しようとすることです。
これは、外部からの報酬や刺激に頼るのではなく、内部の満足感や充足感を得るために活動する姿勢を表します。
内発的動機付けは、個人の行動や取り組みに深い関心やエネルギーをもたらし、長期的な成果や満足感を生み出すことがあります。
内発的動機づけには、例えば次のような側面があります。
- 興味や楽しみ
- 好奇心や探求心
- 自己成長と達成感
簡単に言い換えれば、「活動そのものが楽しい」「自分の成長のために頑張りたい」というような気持ちに基づいて行動している状態です。
外発的動機づけ
一方、外発的動機づけとは、報酬や評価といった外部からの働きかけによって行動しようとすることです。
外発的動機付けは、一時的な報酬や圧力によって行動が引き起こされることが多く、長期的なモチベーションや満足感を提供しにくいことがあります。
外発的動機付けには、例えば次のような側面があります。
- 報酬(給与、プレゼント、評価、賞賛など)
- 圧力(周囲の期待、規則など)
- 罰(罰則、ノルマなど)
簡単に言い換えれば、「給料もらうために頑張る」「ノルマを達成するために頑張る」というような気持ちに基づいて行動している状態です。
エンハンシング効果
「エンハンシング効果」とは「賞賛効果」とも呼ばれており、アンダーマイニング効果とは逆の影響を持ちます。
外発的動機付けが内発的動機付けを高める現象を指し、相手を褒めることや報酬を与えることで、その人のやる気や自己肯定感が向上します。
重要なのは、行動そのものを褒めることであり、才能や能力だけでなく、実際の行動に対してポジティブなフィードバックを提供することです。
このような褒め言葉や報酬によって、「認められた」という気持ちを強く実感できます。
信頼や尊敬を寄せる人が褒める場合、その効果はより強くなる傾向があります。
アンダーマイニング効果が起きる原因
アンダーマイニング 効果が起きる原因には様々なものがあります。
代表的な6つの原因について詳しく解説します。
報酬が目的になるため
人は報酬を受けると、その報酬を獲得することに集中する傾向が見られます。
本来楽しんでいた活動が、給与や賞賛を得ることが主な目的となり、その活動自体の魅力が薄れてしまいます。
さらに、報酬が一度導入されると、その報酬がなくなるとモチベーションが急速に低下してしまう可能性があります。
報酬がなくなることで、活動への興味や意欲が減少し、内発的な動機づけを維持することが難しくなるのです。
昇進が目的になるため
昇進や地位の向上を目指す際、個人は外部からの評価や社会的な評判を重視する傾向が見られます。
その結果、自身の興味や内発的な動機付けよりも、他人の評価や期待に応えることが優先されることがあります。
元々楽しいと感じていた仕事や活動が、昇進を達成するための手段として位置付けられ、その結果、仕事の内在的な意味や楽しさが減少し、アンダーマイニング効果が生じる可能性があるのです。
周りの評価が第一になるため
外部からの評価や賞賛を追求する際、個人は内部での自己評価よりも外部の評価に依存する傾向が見られます。
このことから、内在的な価値や個人の楽しみよりも、他人の評価に影響を受け、他人の期待に応えようとすることでストレスを感じることがあります。
さらに、周囲の評価が優先されると、他人の評価によって自己評価が揺らぐ可能性が高まり、プレッシャーが増大し、自己肯定感が低下することが考えられます。
ノルマや締め切りに追われるため
ノルマや締め切りの追求によって、個人は目標の達成やタスクの完了を最優先する傾向が見られます。
その結果、楽しさや内発的な動機付けよりも、目標の到達や締め切りの遵守が優先され、かつて楽しみに感じていた活動の魅力が失われる可能性があります。
さらに、ノルマや締め切りの存在は、個人の業務における柔軟性や選択の余地を狭めることがあります。
自身のアプローチや方法を選ぶ自由が制約されることで、内発的な動機付けが低下し、楽しみや満足感が薄れることが考えられます。
過度に厳しいノルマは、ストレスを引き起こし、仕事そのものに対する興味を失ってしまう可能性もあるのです。
自発的でなくなるため
個人が自発的に行動する代わりに、外部からの要求に従うことが強制されると、その活動へのやる気が削がれてしまう可能性があります。
自発的な行動は、その行動そのものに意義や価値があると感じることによって駆り立てられます。
しかし、外部からの指令に従って行動する場合、その行動の本質的な意味が失われ、楽しみややる気が薄れてしまうのです。
さらに、自発的な行動においては、個人が自身の興味や好みに応じた活動を選択できる一方で、外部からの指令に従う場合、個人の選択肢が制限されます。
その結果、行動へのモチベーションが低下するリスクが存在します。
ミスを恐れるため
個人が完璧な成果を求め、ミスを避けることを優先する状況では、元々の楽しみや内発的な動機付けが削がれることがあります。
ミスを犯した場合に罰や損失が生じると考えると、新しいことに挑戦したりリスクを取ることを避ける傾向が生じてしまいます。
この結果、安全策を選ぶことやチャレンジや変化を避けることが増えるでしょう。
成果や目標の達成が強調され、活動そのものの楽しみや充実感が後退する可能性があるのです。
アンダーマイニング効果の影響
内発的動機付けが外発的動機付けに置き換わることによってモチベーションが低下し、生産性の低下や離職率の上昇など、様々なマイナスの影響をもたらします。
これらの影響は相互に連動し、ひいては組織全体のパフォーマンスや個人の幸福度にも悪影響を及ぼすのです。
アンダーマイニング 効果が引き起こす影響について詳しく解説します。
生産性が下がる
アンダーマイニング効果が働くことで、個人の内発的な動機付けが低下し、元々の楽しみや達成感が希薄になります。
このような状態が続くと、従業員は楽しさややりがいを感じにくくなり、業務が単なるルーティン作業として認識されることがあります。
その結果、タスクへの意欲が減少し、業務に真剣に取り組むことが難しくなり、効率や品質に悪影響を及ぼす可能性が生じます。
離職率が上がる
アンダーマイニング効果が継続的に影響を与える職場環境では、従業員の満足度が低下し、仕事への興味やモチベーションが減少することが考えられます。
こうした状況下では、従業員がより満足できる職場を求め、離職率が上昇しがちです。
また、報酬や評価に過度に依存することで、個人の価値観や目標に合った行動が難しくなります。
これは、自己実現やキャリアの構築に支障をきたすこととなります。
従業員が、他の職場でより魅力的なキャリアパスを追求する可能性も高まるでしょう。
職場の雰囲気が悪くなる
内発的な動機付けが低下することにより、個人同士の共感や協力意欲が減少し、職場全体の雰囲気が悪化します。
楽しさや達成感を感じる機会が減る環境では、ストレスや不満が積み重なりやすく、職場の雰囲気が陰鬱としたものになりやすいからです。
報酬や評価への依存が高まることで、他者との比較から劣等感や嫉妬が生まれ、職場内の競争心や対立心が増加することもあります。
これにより、従業員同士のコミュニケーションや協力関係が減少し、共通の目標や楽しみを共有することが難しくなり、チームの一体感や信頼関係が薄れる可能性があるでしょう。
さらに、報酬や評価が主な目的となると、他者からの批判や否定に過敏に反応する傾向が生じる可能性も考えられます。
アンダーマイニング効果を防ぐために
アンダーマイニング効果が起こると、生産性や社員の幸福度の面で大きな影響を受けます。
これは組織全体のパフォーマンス低下に繋がるため、アンダーマイニング効果を起こさないような組織作りが重要です。
アンダーマイニング効果の防止策について解説します。
自発的に行動できるよう促す
自発的な行動は、個人が自らの意志で取り組み、選択した活動を行うことを指します。
アンダーマイニング効果の原因の一つは、他者から強いられていると感じることです。
逆に自発的に行動できると感じると、内発的動機づけが高まります。
自発的に行動できるよう促すには、以下のような方法が有効です。
- 選択肢を与える
- 意見や提案を聞く
- 自立を促す
従業員に複数のプロジェクトやタスクの選択肢を与えることで、自分に合った仕事を選ぶことができるようになります。
これにより、従業員は自分の興味や強みに応じて仕事を選び、内発的なモチベーションを高めることができます。
選択肢が多すぎると逆効果なので、2〜3個程度に限定すると良いでしょう。
また、従業員に業務やプロジェクトに関する意思決定の機会を与えることで、自己決定感を高めることができます。
従業員が自分のアイデアや提案を出すことができ、自分の仕事に対するコントロール感を持つことが重要です。
意見や提案が採用されなかった場合でも、その理由を説明して納得させましょう。
従業員に対して過度な監視や介入をしないことで、自立性や自信を育てることができます。
従業員の成長に合わせて、自己管理や自己判断できる部分を増やしていくといいでしょう。
簡単な目標から設定していく
アンダーマイニング効果の原因の一つは、ノルマや締め切りなどの外発的動機づけに依存することです。
外発的動機づけは短期的には効果的ですが、長期的にはモチベーションを低下させます。
外発的動機づけに頼らないためには、簡単な目標から設定していくことが有効です。
簡単な目標の達成は成功体験をもたらし、自信や達成感を高める助けになります。
これによって、業務への取り組みが楽しみややりがいをもたらすものとなるでしょう。
仕事の目標は具体的かつ測定可能なものにすることで、達成感や満足感を得やすくします。
目標はSMART原則(Specific、 Measurable、 Achievable、 Relevant、 Time-bound)に沿って設定すると良いでしょう。
大きな目標は小さな目標に分割して、段階的に達成していくことで、モチベーションを維持します。
小さな目標は適度な難易度のものにすることで、挑戦意欲や成長意欲を高めます。
小さな目標でも達成したら、自分で自分を褒めたり、他者から褒められたりすることで、内発的動機づけを強化します。
褒める際は具体的かつ過程重視の言葉を使うことが効果的です。
大きな目標に取り組む際には、その達成に必要な複雑なタスクやステップが多くなることがあり、従業員の注意が分散しやすいうえ、途中で挫折してしまう可能性もあります。
一方で、小さな目標は具体的かつ明確であり、従業員がタスクに集中しやすい環境を提供します。
小さな目標を達成することで、従業員は成功体験を積むことができ、定期的に達成感を得ることができます。
長期間取り組むような大きな目標ではモチベーションの維持が難しくなりますが、小さな目標ならそれが可能なのです。
具体的に褒める
アンダーマイニング効果の対策として、エンハンシング効果を利用することが有効です。
エンハンシング効果を引き出すには、具体的に褒めることが重要です。
褒める際は、以下のようなポイントに注意しましょう。
- 具体的な言葉を使う
- 結果だけでなく過程や努力も褒める
- 頻度やタイミングに気をつける
抽象的な言葉ではなく、具体的な言葉を使って、何が良かったのかを明確に伝えます。
具体的な言葉は相手の自己効力感や自信を高めます。
たとえば、「プレゼンテーションでの説明が非常にわかりやすかった」といった具体的な例を挙げて褒めることで、従業員がどのような行動が評価されているのかを明確に伝えることができます。
従業員の成果や達成した目標を具体的に強調して褒めることも効果的です。
ただし、結果だけを褒めると外発的動機づけになりやすいので、過程や努力も評価することで、内発的動機づけを強化します。
褒めすぎると効果が薄れたり、不自然に感じられたりするので、頻度やタイミングに気をつけます。
適切な頻度やタイミングは個人差があるので、相手の反応や状況に応じて調整します。
具体的に褒めることは、従業員の自尊心や自己評価を向上させ、業務への興味や達成感を高める重要な手段です。
従業員が自分の取り組みが評価されていると感じることで、報酬や評価に頼ることなく内発的なモチベーションを保つことができるでしょう。
内発的動機付けを心がける
内発的動機付けは、個人が自らの内部から生まれる意欲や興味に基づいて行動することを指します。
内発的なモチベーションを促進することで、従業員は業務に対する本質的な興味や達成感を感じ、報酬や外部からの刺激に依存せずに仕事に取り組むことができるようになります。
具体的なアプローチとしては興味や好奇心を刺激することや自己決定感を尊重することが挙げられます。
興味や関心は、内発的動機づけの源泉です。
従業員の興味や好奇心を刺激する環境を提供することで、内発的なモチベーションを高めることができます。
新しいプロジェクトや挑戦的なタスク、自己発展の機会を提供することで、従業員は業務に対する興味を持ち、自発的な行動を増やすでしょう。
それに伴って、従業員が自己成長やスキル向上を実感できるような環境を整えることが効果的です。
継続的なトレーニングやキャリア開発の機会を提供し、従業員が新たな知識やスキルを習得することで内発的なモチベーションを高めることができます。
また、従業員の自己決定感を尊重し、自分自身の選択や意思決定に関与させることが大切です。
自分の興味や価値観に基づいて業務に取り組むことを促進するため、従業員に柔軟な選択肢や自己表現の機会を提供するといいでしょう。
競争やノルマを激化させない
アンダーマイニング効果の原因の一つは、競争やノルマなどの外発的動機づけに依存することです。
競争やノルマが過度に強調される環境では、従業員が外部からの刺激や報酬に過度に依存する傾向が強まり、内発的なモチベーションが低下する可能性があります。
競争やノルマを激化させないためには、協力や協調を重視しチームワークを促進することが有効です。
協力や協調は、内発的動機づけを高める要素です。
競争のみならず、協力や知識共有を促進する環境を整えることが重要です。
チームメンバー同士が協力し合い、情報やアイデアを共有することで、従業員は共通の目標に向かって協力する楽しさや意義を実感しやすくなります。
共通の目標やビジョンを持ったり、役割分担や責任分担を明確にしたり、コミュニケーションやフィードバックを活発にしたりするとチームワークが促進されます。
その際、従業員の個々の強みや専門性を尊重し、それぞれが自分の得意分野で貢献できる環境を提供することが大切です。
一人ひとりの個性や得意領域を活かし、チーム全体がバランスよく成果を上げることができるような配慮が必要です。
競争やノルマを激化させないようにすることで、従業員は自分自身の成長や貢献に注目し、内発的なモチベーションを保ちやすくなります。
組織全体の協力と共感に焦点を当て、従業員が業務に対する意義や興味を高める環境を整えることが重要です。
アンダーマイニング効果を意識して働きやすい社内環境を築こう
アンダーマイニング効果とは、内発的な動機付けが外発的な動機付けに置き換わることによって、モチベーションが低下してしまう現象です。
報酬はモチベーションを上げるための効果的な方法ですが、それが時には逆効果になってしまう場合もあるのです。
個人のモチベーション低下は組織全体のパフォーマンス低下に繋がる重要な問題です。
褒める時には内発的動機付けを意識し、アンダーマイニング効果が起こらないように注意しましょう。
今回の記事を参考に、従業員が自発的な意欲で業務に取り組み、ストレスなく協力できる社内環境を整えていきましょう。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
詳しい講師紹介はこちら website twitter facebook youtube tiktok researchmap J-Global Amazon
専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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