ソーシャル・キャピタルは、人と人との関係性やつながりを通じて生み出される信頼やネットワークの価値を指します。
ソーシャル・キャピタルが高まると、組織内でのコミュニケーションや協力が活発になり、生産性が向上します。
この記事ではソーシャル・キャピタルの概要から活用事例までを紹介するので、ぜひ取り入れてみてください。
ソーシャル・キャピタルとは
ソーシャル(social)は「社会」、キャピタル(capital)は「資本」を意味します。
日本語に訳すと「社会関係資本」や「人間関係資本」、「社交資本」とも呼ばれ、人々の信頼関係や人間関係の重要性を示す概念を現しています。
組織内の協力行動が促進されることで効率性が向上するとされており、社会学・経済学・経営学、教育学など、様々な分野で頻繁に使われています。
ソーシャル・キャピタルには明確な定義がなく解釈の違いもありますが、アメリカの政治学者であるロバート・パットナム氏は以下のように定義しています。
ソーシャル・キャピタルとは、人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会的仕組みの特徴。
ソーシャル・キャピタルは、より良い社会を作るための資本である、フィジカル・キャピタル(物的資本)、ヒューマン・キャピタル(人的資本)に並ぶ新しい考え方だとしています。
土地や建物、個々の知識やスキル、資質などももちろん大切ですが、それと同時に人と人との関係性も重視されています。
人と人とのつながりは、社会的な信頼や規範、ネットワークを形成し、それらがソーシャル・キャピタルとなって社会や組織に貢献するからです。
ソーシャル・キャピタルを構成する3つの要素
ソーシャル・キャピタルは「信頼」「規範」「ネットワーク」の3つの要素から成り立っています。
これらの3つの要素が強化されることで、ソーシャル・キャピタルも強化され、組織の問題を解決して効率化を進めることができます。
以下では、それぞれの意味について説明します。
信頼
社会生活をより良くするには「信頼」が最も大切です。
信頼関係が築ければ相手を疑うことがなくなり、相手との取引で安心して任せられるかどうか事前に調べる時間や労力を省くことができます。
ロバート・パットナム氏は「信頼」を以下の2種類に区別しています。
- 知っている人に対する厚い信頼
- 知らない人に対する薄い信頼
この2種類の中で、ソーシャル・キャピタルの形成に効果的なのは、後者の「薄い信頼」の方です。
狭い範囲で深い信頼関係よりも、広い範囲で浅い一般的な信頼によって、協力的な行動が促されます。
さらに、協力的な行動は信頼関係の改善に繋がり、それがまた新しい協力的な行動に繋がるため、循環しながら信頼関係を育むことができます。
規範
2番目の要素は「規範」です。
行動基準やルールという意味ですが、相手にルールで拘束するということではなく、双方に利益のある規範、すなわちwin-winの規範が重要だと考えられています。
簡単に言うと「何かをもらったら何かを返す」ということ。
これを「互酬性」と呼びます。
互酬性の規範はソーシャル・キャピタルの構築に寄与します。
win-winの関係を築くためには、同じ価値のものを交換することが必要ですが、現在同じ価値でなくても将来的に同じ価値になる可能性があるなら、長期的には利益を得られます。
ネットワーク
3番目の要素が「ネットワーク」です。
ネットワークとは、周囲の人や組織・団体・コミュニティとの関係性を指します。
ネットワークには次の2つのタイプがあります。
- 垂直的なネットワーク
- 水平的なネットワーク
垂直的なネットワークは、権力や権威に基づく関係であり、水平的なネットワークは、共通の目的や興味に基づく関係です。
上司と部下、先生と生徒など、上下の関係のある垂直的なネットワークよりも、サークル活動など、同じ立場の水平的なネットワークが大切だと言われています。
水平的なネットワークの方が、協力し合うことが容易であるためです。
企業にソーシャル・キャピタルを取り入れるメリット
ソーシャル・キャピタルは行政効率や健康、教育など、様々な分野で良い影響を及ぼすことが研究によって示されています。
企業においても、ソーシャル・キャピタルが生産性や技術革新に寄与すると注目されています。
以下ではソーシャル・キャピタルを企業に導入するメリットを詳しく説明していきます。
コミュニケーション強化
ソーシャル・キャピタルを活かすことで、社員の信頼感や関係性が強まり、チームワークや協力性が高まります。
これによって、円滑なコミュニケーションが促進され、意思決定プロセスが効率化できます。
例えば、社員同士が互いに信頼し合い、意見や情報を積極的に共有することで、より良い判断を下すことができます。
さらに、社員間の意見交換や情報共有などが容易になり、創造性や問題解決能力が向上します。
例えば、社員同士が多様な視点や知識を持ち寄り、新しいアイデアや解決策を生み出すことができます。
これらの効果によって、組織全体のパフォーマンスの向上が期待できます。
スムーズな組織運営
ソーシャル・キャピタルの存在は、組織内のネットワークやつながりを強化します。
社員間で互いに信頼し合い、協力し合う文化ができるため、業務やプロジェクトの遂行がスムーズになります。
例えば、社員同士が情報や知識を共有し、効果的なフィードバックやサポートを行うことで、業務の質やスピードが向上すると言われています。
また、社内だけでなく社外の関係企業とも良好な関係を築くことができます。
組織間の良好な関係は、事業拡大や新規開拓といったビジネスチャンスが増えるという効果も期待できます。
例えば、社外のパートナー企業との信頼関係が高まることで、より良い取引条件や協力体制を得ることができます。
離職率の低下
ソーシャル・キャピタルが高い企業は、社員同士で助け合い、積極的に仕事に取り組む傾向があります。
人間関係や信頼が良好な環境では社員間の協力関係も強まり、社員の満足度や幸せ感が高まります。
これによって離職率が低下し、人材の定着率向上が見込めるのです。
さらに、ソーシャル・キャピタルの存在は職場の魅力ともなり、新たな人材の獲得や競争力の維持にも貢献します。
ソーシャル・キャピタルを取り入れるデメリット
ソーシャル・キャピタルを取り入れることには様々なメリットがありますが、いいことばかりではありません。
ソーシャル・キャピタルを高めたことによって、逆に信頼関係が損なわれたり悪影響を及ぼす場合もあります。
ソーシャル・キャピタルの効果を最大限に活かすためには、コミュニティ内でのバランスと適切な管理が必要です。
以下では、ソーシャル・キャピタルを取り入れることによるデメリットとリスクについて解説します。
コミュニティが対立することも
ソーシャル・キャピタルを高めると組織内のつながりや信頼関係が強化され、お互いに協力し合い、効率を高める効果があります。
しかし、一部の人々やグループが他の人々とのつながりを排除し、閉鎖的なコミュニティを形成する可能性もあります。
排他的なコミュニティは、たとえソーシャル・キャピタルが高くとも社会全体の利益にはなりません。
コミュニティの対立は、情報の遮断や意思決定の不透明性、内部の利益相反などを引き起こす可能性があります。
対立がエスカレートすると、組織やコミュニティ全体の協力や協調性が損なわれ、目標の達成や効果的な意思決定に支障をきたすことも考えられるでしょう。
悪用される危険性
ソーシャル・キャピタルは人々の関係性や信頼に基づいて構築されるため、その情報やネットワークは貴重な資源となります。
この情報やネットワークは、より良い社会や組織を作る目的に利用してこそメリットがあるものです。
しかし、悪意のある個人や組織によって悪用される可能性があります。
悪意のある人はソーシャル・キャピタルを利用して貴重な情報や資金、仲間を集めることができます。
それによって、不正行為や個人情報の漏洩などの悪影響を及ぼす可能性があります。
情報の偏りが発生すれば、公平性や平等性の欠如も起こしかねません。
なぜ企業にソーシャル・キャピタルが必要か
企業にとってソーシャルキャピタルは非常に重要な要素です。
ソーシャルキャピタルはここ100年ほどの間に急速に広まった概念ですが、なぜこれほどまでに重要視されているのでしょうか。
企業にソーシャルキャピタルを取り入れることは、業務の効率化を図れる他、社員の幸福感にも大きな影響を与えます。
組織内の良好な信頼関係と協力関係によってチームワークが向上し、社員はモチベーション高く目標達成に向けて努力することができます。
協力関係のある環境なら社員のストレスも少なく、社員の幸福感も高いため、人材の流出を抑えることができます。
社員が自分の仕事に対して誇りを感じるようになると、さらに仕事に対するモチベーションも高まり、ひいては企業全体の生産性向上に繋がるのです。
企業におけるソーシャル・キャピタルは、社会的貢献活動にも大きく関係します。
地域社会やステークホルダーとの良好な関係が築ければ、企業は社会に対して価値の提供や信頼醸成を行うことができます。
社会的な価値創造や持続可能性に貢献する姿勢を示すことで、ブランドイメージの向上が期待できるほか、新たなビジネスチャンスや市場の開拓、顧客の獲得と定着などの長期的な経済的価値を創造することができます。
このように、ソーシャルキャピタルを高めることには様々なメリットがあり、ソーシャルキャピタルが高ければ高いほど生産性が向上し企業としての競争力が高まるのです。
ソーシャル・キャピタルの活用法
ソーシャルキャピタルを企業に取り入れることによって、多くのメリットが得られることがわかりました。
組織がソーシャルキャピタルの重要性を認識して活用することで、社員の関係性や組織全体のパフォーマンスを向上させることができます。
では、ソーシャル・キャピタルは具体的にどのように活用していけばいいのでしょうか。
ソーシャル・キャピタルの5つの活用法を紹介します。
オフィスのレイアウト
オフィスのレイアウトは社員同士のコミュニケーションを促進するのに重要なため、ソーシャルキャピタルの構築に適した形に設計するといいでしょう。
例えば、オープンスペースや共有スペース、カジュアルな休憩スペースを設けること。
このようなスペースを設置することによって社員同士のコミュニケーションが促進されます。
また、社員が固定の席を決めずに自由に席を選べるフリーアドレスもネットワークを広げるのに有効です。
グループインセンティブ
グループインセンティブとは、チームやグループなどの単位で業績に応じて報酬を与える制度を指します。
チームやグループの協力と連帯感を形成するのに有効な手段です。
共通の目標に向かってチーム全体での成果を評価し報酬を与えることで、ソーシャル・キャピタルを高めることができます。
これによって社員同士の協力やサポートを奨励し、チームワークと結束力を強化します。
ただし、グループインセンティブには個々の貢献度が見えにくくなるというデメリットもあるため、適切な評価方法やフィードバックも重要です。
ジョブローテーション
ジョブローテーションとは、社員が定期的に異なる部門や役職を経験する機会を提供することです。
ジョブローテーションを行うことによって、社員はスキルや知識が広がるのはもちろんのこと、組織内の様々な人と接触し関係性を構築する機会が増えます。
異なる部門や役職での経験を通じて、社員は組織全体のビジョンや目標に対する理解を深め、ソーシャルキャピタルを構築することができます。
このことにより組織全体の生産性やイノベーションが向上する可能性があります。
メンター制度
メンター制度とは、より経験豊富な先輩社員が新入社員や若手社員をサポートする仕組みです。
メンティー(教え子)にとっては自身の成長やキャリア形成につながり、メンター(指導者側)にとっては知識や経験を共有することでリーダーシップやコミュニケーション能力が向上します。
メンター制度は、メンターとメンティー双方向の関係を形成し、知識の継承だけではなく信頼関係の構築にも役立ちます。
年齢の近い先輩社員にサポートしてもらう「ブラザー・シスター制度」を導入している企業も多く、こちらははっきりとした上下関係というよりもフラットな関係に近いため、信頼関係が築きやすくなっています。
地方への移住
都市部から地方部へ住み替えることによって新たなコミュニティを形成することができます。
地方は、地域住民や地元企業とのつながりが密で、ソーシャル・キャピタルが高い傾向があります。
地域の人々との交流や協力関係を築くことで地域との関係構築も促進できるほか、都市部では得られない体験をすることで自分自身のライフスタイルを見直すきっかけにもなります。
ソーシャル・キャピタルの活用事例
社員のモチベーションや生産性を向上させるための手段として、ソーシャル・キャピタルの向上に取り組んでいる企業が数多くあります。
その中から2社を例に挙げ、ソーシャル・キャピタルの具体的な活用事例を紹介します。
Googleは社員の幸福度や生産性を高めるために、ソーシャル・キャピタルの重要性に注目しています。
例えば、社員同士の交流や協力を促進するためにオフィスのレイアウトや食堂のデザインを工夫し、魅力的な空間を作っています。
Googleは社員のスキルアップを支援し、社員がお互いに学び合えるプラットフォームを提供しています。
Google社員で構成される社内コミュニティグループやクラブ活動も活発で、自己の成長だけではなくコミュニティ全体で仲間とともに成長できる機会が用意されています。
これらの独自の取り組みによって、Googleはイノベーションや競争力の源泉となるソーシャル・キャピタルを育成しています。
ベネッセ
ベネッセは、教育事業を通じて社会貢献することを理念として掲げており、その一環としてソーシャル・キャピタルの形成に取り組んでいます。
「ベネッセ教育総合研究所」では、教育の質や環境の向上を目的に様々な調査や研究が行われ、蓄積されたノウハウや知見を社会に対して還元しています。
これにより、教育関係者とのネットワークが構築され、教育業界全体の質の向上に貢献しています。
また、ベネッセは活動方針の1つとして「地域との価値共創」を挙げています。
- 個々の発達特性に合わせた学習を提供するためのICT学習の実証試験
- 様々な国で良質なコンテンツを提供するための海外現地パートナーとの協業
- アートや文化活動を通した地域再生
上記の取り組みによって地域の人とのコミュニケーションやネットワークが生まれ、相互に協力することによって新しい価値が生み出されます。
組織内だけではなく、関係する企業や地域とも協力していくことによって、ベネッセは教育分野におけるソーシャル・キャピタルの向上に貢献しています。
ソーシャル・キャピタルを高めて企業の発展を目指そう
ソーシャルキャピタルはこれまで重要だとされてきた、フィジカル・キャピタル(物的資本)、ヒューマン・キャピタル(人的資本)と並ぶ新しい資本の概念で、より良い社会を作るために様々な分野で重要視されています。
ソーシャル・キャピタルが高まることによって、社会や組織の課題を解決し効率化を図ることができます。
多少のデメリットはあるものの、リスクを理解し適切な管理を行えば、組織運営が円滑化され、組織全体の目標達成に大きく貢献できます。
今回紹介した活用例を参考に自社にも取り入れ、社員が幸せを感じながら成長していける環境を作っていきましょう。
著者・監修者
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1982年生。経営学者/やさしいビジネススクール学長/YouTuber/東京大学 経済学博士
詳しい講師紹介はこちら website twitter facebook youtube tiktok researchmap J-Global Amazon
専門は、経営戦略論・イノベーション・マネジメント、国際経営。
「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。
「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。
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